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	<title>子育て応援グループ みっけ! &#187; 石井ゆかり 窓越しおいたちインタビュー</title>
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		<title>石井ゆかりの　窓ごしおいたちインタビュー</title>
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		<pubDate>Thu, 10 Jun 2010 12:11:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[石井ゆかり 窓越しおいたちインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[先日、ある方からメッセージを頂いた。
数週間前に流産した、という内容だった。
みんなが忘れろとか元気になれとか言ってくれる、
でも、そう言われると身を切られるような思いがする。
そんなふうに書かれていた。
私はその方に、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>先日、ある方からメッセージを頂いた。<br />
数週間前に流産した、という内容だった。</p>
<p>みんなが忘れろとか元気になれとか言ってくれる、<br />
でも、そう言われると身を切られるような思いがする。<br />
そんなふうに書かれていた。</p>
<p>私はその方に、お返事をした。</p>
<p>忘れちゃいけないし<br />
その子のいた意味は貴方にしかわからないのだから<br />
ずっとその子を愛しててほしいと思う<br />
ということを書いた。</p>
<p>そのメールを出した後で<br />
電車で打合せに向かう途中、<br />
窓の外の空を見ていたら<br />
ふと<br />
あることに思いが至った。</p>
<p>「アンタの上にも、ほんとは兄姉がひとりいたんだよ」 </p>
<p>というおばさん（とかお婆さんとか親戚縁者その他）の爆弾発言だ。 </p>
<p>流産や堕胎で上の（または下の）兄姉が<br />
ほんとはいたんだけど、いまはいない<br />
という話を、聞かされることがあるのだ。</p>
<p>かくいう私にも<br />
そういう経験がある。<br />
小学生くらいの頃、そういう話を聞かされた。<br />
おばあちゃんが仏壇の前でそういう話をして<br />
それで、ちゃんと拝みなさい、と教えてもらった、ような気がする。</p>
<p>それは、不思議な、荘厳な経験だった。</p>
<p>私の知り合いにも、同じような経験をした人が幾人かいる。<br />
こういう経験をした人はたぶん<br />
少なくないんじゃなかろうか。</p>
<p>そうか、ほんとはお兄ちゃんかお姉ちゃんがいたのだ<br />
そうか、ほんとは妹か弟がいたのだ<br />
と思う。<br />
兄弟姉妹である自分、にとっては、<br />
このリアリティがすごく強い。 </p>
<p>大人にとっては<br />
「早く忘れた方がイイ思い出」でも<br />
その前後に生まれた兄弟姉妹にとっては<br />
厳然と【存在した兄姉】なのだ。<br />
いなかったことになんかぜんぜん、ならない。<br />
どうしたってそれは、「いた」のだ。<br />
それはとても身近な存在で<br />
自分の分身のようでもあり<br />
誰よりも自分に近い存在だ。 </p>
<p>この感じは私だけが感じるのかどうかわからないけど<br />
mixiでこの話を紹介したら<br />
おもいがけないほどたくさんの方が共感してくださった。<br />
自分と同じお腹にいて<br />
自分と同じ条件下にあった誰かのことは<br />
ものすごくリアルで、消えてなくならない。<br />
それは良いとか悪いとかでは、ぜんぜんなくて<br />
ただ<br />
誰よりも近いご先祖様のように<br />
誰よりも近い守り神のように<br />
忘れたり無視したりできない厳かさで<br />
「いる」のだ。<br />
悲しいとか悪とか不幸とかそういうこととは関係がなく<br />
ただ<br />
そういう最も身近な存在がそこにあるのだ。 </p>
<p>私はこの<br />
「兄弟姉妹のリアリティ」は<br />
信じられるという気がする。<br />
周りの大人達の、<br />
自分が安心したいためだけみたいな「アドバイス」などより<br />
ずっと真実で、理性的で、<br />
ストレートなリアリティだと思う。<br />
産まれなかった子達もいたし<br />
自分もいる。<br />
子供の世界では、目に見えないものがたくさん「いる」けれど<br />
それらはウソでもなんでもなくてほんとうに「いて」、<br />
目に見える形だからよいものだとか<br />
目に見えないからわるいよわいものだとか<br />
そんな差別は何もないのだ。</p>
<p>だから<br />
それは、なかったことなんかじゃないよ<br />
すてきなうつくしいことだったんだよ<br />
と<br />
その人にも<br />
言ってあげたいと思った。</p>
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		<title>窓越しおいたちインタビュー</title>
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		<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 12:31:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[石井ゆかり 窓越しおいたちインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[早くも、夏休みだ。
夏休み、とは、お母さん達には全く逆で
「夏忙し」なんだろう。
学校や幼稚園に行っていた子供達が、
家にいるようになる。
私の住んでいるマンションも
子供であふれかえっている。
でもこれがお盆近くなると [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>早くも、夏休みだ。<br />
夏休み、とは、お母さん達には全く逆で<br />
「夏忙し」なんだろう。<br />
学校や幼稚園に行っていた子供達が、<br />
家にいるようになる。<br />
私の住んでいるマンションも<br />
子供であふれかえっている。</p>
<p>でもこれがお盆近くなると、<br />
閑散としてくる。<br />
子供達の多くが、田舎に行ってしまうからだ。<br />
前回のインタビューに応えて下さったKさんも、<br />
子供を産んでから、<br />
子供を連れて、旦那様と一緒に、<br />
新潟の親戚の家に遊びに行った。</p>
<p>Kさんの旦那様は、親戚づきあいを知らない人だった。<br />
親類がほとんどなく、従って、親戚づきあいというものをやったことがないのだ。<br />
Kさんも、基本的には「一人で大丈夫」というタイプで<br />
親戚と関わることが必要だとは思っていなかった。</p>
<p>でも、子供ができたら、状況が変わってきた。<br />
出産のお祝いをしてもらい、<br />
いろいろなことを聞かれ、子供に構ってもらううちに<br />
「気にかけてもらっているのだ」とわかった。</p>
<p>新潟への訪問で、旦那様も意外な反応を見せた。<br />
楽しんでいたのだ。<br />
木の電柱を見て「トトロが出そう」と感動したり、<br />
畑を見て、「アスパラガスが伸びきるとこうなるんだよ」と言うと、<br />
絶対信じなかったり、<br />
段々畑を見て感動したり、郷土料理が大好きだったり、<br />
親戚にもいろいろ声をかけてもらって、楽しそうだったり、<br />
旦那も、そういうの、知らなかっただけで、結構好きみたいだったんです。</p>
<p>そうしているうちに、<br />
子供がみんなによくしてもらえるかどうかは、<br />
自分次第なのかな、と思いました。<br />
別に特別なことをするんじゃないですが、<br />
遊びに行ったり、何か送ってもらったら御礼にメールしたり、とか<br />
そんな、普通のことなんですけど、<br />
たとえば、連絡を取っているだけで、行ける場所が増えるし、<br />
いろんなことが増えるんですね。</p>
<p>私は親戚づきあいとか苦手なので、<br />
子供が生まれるまでは疎遠だったというKさんの話は<br />
すごくよくわかる。<br />
私は子供は産まないと思うけど<br />
もし何かの間違いで子供ができたら<br />
Kさんのようにできるんだろうか。<br />
それは、わからない。<br />
でも、Kさんの話は、すごくいい話のように思えた。</p>
<p>子供の母親になるということは、<br />
もしかすると<br />
子供にとっての母になるというだけのことではないのかもしれない。<br />
それは<br />
もっと大きなまとまりとしての人間のなかで<br />
席がひとつ、うまれるような<br />
そんなイメージの出来事なのかもしれない。</p>
<p>「社会的地位」というと、<br />
仕事、職業のことがあたまに浮かぶ。<br />
「家族」は、プライベートなものとして扱われる。<br />
でも本当は、社会と家庭は「公と私」のように分けられるものではなくて<br />
もっとつながったものなんだろうか。<br />
だとすれば<br />
「親になる」ということ、「子供を持つ」ということは、<br />
子供と自分だけの出来事ではないんだろう。</p>
<p>赤ちゃんは、自分では何もできない。<br />
なのに、こうして、不思議なことが起こる。<br />
何もできない存在だからこそ、<br />
周囲が動く。<br />
動いたところに、人のつながりができたり、それが広がったりする。<br />
そもそも人間同士がつながるのは、<br />
一人ではできないことがたくさんあるからで<br />
だとするなら<br />
「何かができる」ということよりも<br />
「何かができない」ということのほうが<br />
人を結びつける力は、強いということになりはしないか。</p>
<p>なんでもできて、人に頼らないで生きる、ということが<br />
昨今では、価値があると思われている。<br />
誰にも迷惑をかけずに、全部「自己責任」というのが<br />
礼讃されたり、目標になったりする。<br />
力はあればあるほどよく、<br />
マルチな才能ほどうらやましがられる。<br />
なんでも、できるほうがいい。<br />
みんな無意識にそう感じている。<br />
自分が何かできないことを恥じたり、「なんの取り柄もない」と言ったりする。</p>
<p>でも、人と人とが繋がって社会を作る上では<br />
「なにもできない」ことのほうが<br />
力を持っているのだ。<br />
そして、何ができるかとか、どんな才能があるかとかではなく<br />
どういうふうに人と繋がっていけるのか、のほうが<br />
ずっと、信頼できる。<br />
それは、あたたかい力だ。</p>
<p>Kさんは私よりだいぶ年下だ。<br />
でも、Kさんのほうがずっと社会的に大人だという気がした。<br />
人と関係するということをムリせず受け止めて、<br />
そこに、花の種を埋めて育てるみたいに、ゆっくりじんわり<br />
なにかを成長させていっている。<br />
外の方に。</p>
<p>子供を産むということは、<br />
それ自体が一つの出来事だけれど<br />
水面に滴をおとしたように、<br />
まわりにどんどん輪が広がっていくのだ。<br />
何もできない子供が<br />
周囲の大人に強い影響を与えたり、育てたりするのだ。</p>
<p>話を聞けば聞くほど<br />
それは、とても不思議な現象のように思える。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>4/1　窓越しおいたちインタビュー</title>
		<link>http://www.mikke-minoh.com/yukari/636.html</link>
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		<pubDate>Wed, 08 Apr 2009 01:48:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[石井ゆかり 窓越しおいたちインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[ 
前回に引き続き、Kさんのお話。
去年の２月に女の子を出産し、お嬢さんはすくすく育っている。
 
彼女は、子供を産んでから、
服の好みが変わった、と言った。
 
もともと、モノトーンというか、黒や白のシンプルな服が好き [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> </p>
<p>前回に引き続き、Kさんのお話。</p>
<p>去年の２月に女の子を出産し、お嬢さんはすくすく育っている。</p>
<p> </p>
<p>彼女は、子供を産んでから、</p>
<p>服の好みが変わった、と言った。</p>
<p> </p>
<p>もともと、モノトーンというか、黒や白のシンプルな服が好きで、　　　　<a href="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/4e69c8d022.jpg"></a><a href="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/4e69c8d022.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-637" title="4e69c8d022" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/4e69c8d022.jpg" alt="" width="122" height="264" /></a></p>
<p>そういうものばかり着ていたんです。</p>
<p>自分の母親はもっとかわいらしい格好、</p>
<p>それこそピンクハウスみたいな格好をさせたかったらしいんですが、</p>
<p>私はそれがイヤで、いつもケンカしてたくらいです。</p>
<p>なのに、自分で娘を生んでからは、</p>
<p>明るい色のものやかわいいものを選ぶようになりました。</p>
<p> </p>
<p>これを聞いたとき、</p>
<p>私は、以前、インタビューさせて頂いた</p>
<p>染や織物をやっている方のお話を思い出した。</p>
<p>その方は糸を染めて機織りをし、</p>
<p>着物用の反物をつくるお仕事をされていた。</p>
<p>着物を着るということについて、彼女は、こんな話をしていた。</p>
<p> </p>
<p>着物っていうのは、洋服と少し違って、</p>
<p>人のために来ているところがあるんです。</p>
<p>サービスというか、</p>
<p>それを着ている人を見ている人が楽しむものなんですね。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>着るものというのは、着てしまえば</p>
<p>自分自身の視界にはあまり入ってこない。</p>
<p>全体像など、鏡を見なければ見えない。</p>
<p>いったん身につけてしまえば</p>
<p>それを見るのは、自分以外の人々なのだ。</p>
<p> </p>
<p>人は、無意識に、目を楽しませようとする。</p>
<p>鮮やかな色、美しい模様、</p>
<p>そういうものに、自然に視線を向ける。</p>
<p>私はファッションにはとんと関心が無く、</p>
<p>服を買いに行くこともものすごく少ない人間だが、</p>
<p>たまに、偶然ファッションショーを特集した番組などを目にすると</p>
<p>じっと見入ってしまう。</p>
<p>待ち合わせでも、いろいろな人の格好を見ているだけで、飽きない。</p>
<p>私も、見ることを楽しんでいるのだ。</p>
<p> </p>
<p>おそらく、子供というのは</p>
<p>接するもの接するものみんな、</p>
<p>初めて見るもの、なのだと思う。</p>
<p>私たちの頭の中には、物事を認識するためのテンプレートができていて、</p>
<p>何かを見ても、そのテンプレートに当てはめて解釈するようになっている。</p>
<p>車は車だし、家は家、木は木で、リンゴはリンゴだ。</p>
<p>頭の中に最初からそんな「意味」「型」があって、</p>
<p>どれに合致するか判断できれば、そこで関心が消えてしまう。</p>
<p>でも、子供の場合は、そういう型は頭の中にまだ、ない。</p>
<p>だから、鮮やかな色やハッキリした形をまず、捉え、</p>
<p>そこから頭の中に型を作っていこうとするのだろう。</p>
<p>そのために、ものすごくよく見るし、</p>
<p>ものすごくよく聞いているし、触って、なめている、という気がする。</p>
<p> </p>
<p>母親の服装というのは、子供の目に入っている。</p>
<p>子供がそれに関心を持つかどうかは別として、</p>
<p>とにかく、目に入る。</p>
<p>Kさんは、意図的に「子供のために明るい色を」と思ったのではない。<a href="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/4e381bee381be025.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-638" title="4e381bee381be025" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/4e381bee381be025-202x300.jpg" alt="" width="202" height="300" /></a></p>
<p>でも、なんとなく、</p>
<p>子供に見せたいものを自分も見ていたい、と</p>
<p>感じるようになったのかな、と思った。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>着るものは、普通は、</p>
<p>「自己表現」の手段とされている。</p>
<p>自分がどう思われるか、がそこに現れる。</p>
<p>できるだけいい自分を見せようとか、</p>
<p>できるだけ好きになってもらおうとか、</p>
<p>おかしい人だと思われたくないとか、</p>
<p>人と違っていたくない、目立ちたくない、など</p>
<p>いろんな方針があるだろうけれど、</p>
<p>基本的には、人の目線という矢印が</p>
<p>服を貫いて自分の中に入ってくる、という観念で、</p>
<p>人は服を選んでいる。</p>
<p>でも、本当は、服は、情報として出て行って、</p>
<p>誰かの頭の中に入るもので、</p>
<p>外側を向いている矢印でもあるのだ。</p>
<p> </p>
<p>もちろん、服は、</p>
<p>似合わないよりは似合っていた方がいいだろう。</p>
<p>自分が好きでない服を着てブルーでいるより、</p>
<p>好きな服を着て明るい、自信に満ちた表情をしているほうが</p>
<p>ずっといいだろう。</p>
<p>でも、それより他に、</p>
<p>誰かに提供できるもの</p>
<p>というのもあって</p>
<p>そのために、服を選ぶということがある。</p>
<p>好きなチームを応援するために同じTシャツを着たり、</p>
<p>子供を喜ばせるために着ぐるみやサンタの変装をしたりする。</p>
<p> </p>
<p>聞くところによると、</p>
<p>黒や暗い色というのは、人から自分を守るための色なのだそうだ。</p>
<p>黒い服を着ている人を前にすると、</p>
<p>緊張感を感じたり、防衛されているという印象を受ける。</p>
<p>でも、明るい柔らかい色のものを着ている人の前に立つと、</p>
<p>こちらも、優しくおだやかな、オープンな気分になるのだそうだ。</p>
<p>病院の待合室のカベの色とか、</p>
<p>ホテルのロビーの色などは</p>
<p>それを見る人々の心の状態を想定して選ばれている。</p>
<p>服もまた、相対する人のなかに、様々な心象をつくり出す。</p>
<p> </p>
<p>Kさんは、</p>
<p>「子供のために」と理詰めに考えてそうしているのではないのだ。</p>
<p>自然に、そういうふうになる。</p>
<p>それがとても面白い。</p>
<p>Kさんは、赤ちゃんを出産した直後は、</p>
<p>子供をかわいいと思えるのかどうか不安で、大変な気持ちでいた。</p>
<p>ニュースで、幼児虐待などのニュースを目にするたびに、</p>
<p>このまま自分も虐待しちゃうんじゃないか、と心配になり、</p>
<p>１ヶ月検診のとき、思い切って助産婦さんに相談してみた。</p>
<p>すると、助産婦さんはこう答えた。</p>
<p> </p>
<p>貴方は、自分の子供だからそんなに心配になるのよ。</p>
<p>申し訳ないけど、私は貴方の子供を、</p>
<p>そんなに心配できない。</p>
<p> </p>
<p>これを聞いて、Kさんは、ふっとラクになった、と言った。<a href="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/4e6b3a3e3818de381bee381be026.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-639" title="4e6b3a3e3818de381bee381be026" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/4e6b3a3e3818de381bee381be026.jpg" alt="" width="197" height="283" /></a></p>
<p>なんか、やれるかも、と思ったんです。</p>
<p> </p>
<p>子供をかわいいと思うとか、子供に愛情を持つとか、</p>
<p>そういうことが自然に、すぐにできるお母さんもたくさんいるだろう。</p>
<p>でも、すぐにはそうならないお母さんも、たくさんいる。</p>
<p>Kさんは、出産直後、病院の大部屋にいたが、</p>
<p>他のお母さん達もそれぞれ、</p>
<p>不安や心配で泣いたり落ち込んだりしていたそうだ。</p>
<p>だけどすくなくとも、</p>
<p>生まれてすぐにカワイイと思ったり、シアワセだと思えたりしなくても、</p>
<p>とにかくそのことで毛が抜けそうに心配になったり不安になったりする</p>
<p>という、その強い関心だけは、</p>
<p>どうも、どうしても、そこに厳然とあるような気がする。</p>
<p> </p>
<p>それはたぶん、罪悪感や義務感、その他諸々の</p>
<p>人間として自然な思いに繋がっているのかもしれない。</p>
<p>しかしそのほかに、やっぱり、</p>
<p>子供に対する非常に強い関心と、</p>
<p>その子が自分にどうしようもなく結びついたものだ、という感覚は</p>
<p>絶対的にあって、</p>
<p>もしかしたら、虐待やネグレクトですら</p>
<p>その感覚から生まれるのかもしれない、とさえ思える。</p>
<p>ネグレクトは無関心になることであり、放置することだが、</p>
<p>基本的に、人間関係のうえで、</p>
<p>誰かが誰かを「無視する」というのは</p>
<p>ある種の強い意思表示だ。</p>
<p>無視は、無視するぞという強い意志がないとできない。</p>
<p>あるいは、もっと複雑な思いの絡まりによって、</p>
<p>やはり、痛烈に無視してしまっている、という気がしてならない。</p>
<p>決して「思いが少ない」のではなく、</p>
<p>むしろ、過去から背負ってきた多くの苦しい思いと、</p>
<p>子供への強烈な関心が絡まりすぎて、</p>
<p>どうしようもなくそうなっているのではないかと想像するのだ。</p>
<p>動物園の動物が育児放棄するのと、</p>
<p>人間が子育てを拒否するのとは、どこか、違っているような気がする。</p>
<p>私は専門家じゃないから、</p>
<p>とんでもないことを言ってるのかもしれないし</p>
<p>本当に様々なケースがあるのだろうけれど、</p>
<p>自分の子供を好きになれる場合も、好きになれない場合も、</p>
<p>自分の子供と他の子供では明らかに違っていて</p>
<p>自分の子供と自分には何らかのつながりがある、と</p>
<p>強烈に感じているものなのじゃないだろうか。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>自分の服の好みまで、変わる。</p>
<p>私には、そのことが非常に面白く、興味深く感じられた。</p>
<p>子供が生まれて、生活が変わる、考え方が変わる、というのは</p>
<p>すんなり解る気がするんだけど、</p>
<p>「服の好みが変わる」というのは、とても意外で、</p>
<p>でも、よく考えてみると</p>
<p>子供を持つということがどういうことなのか、が</p>
<p>それによって如実に語られているような気がしたのだ。</p>
<p>もちろん、出産前と後で、同じスタイルのままのお母さんもいるだろう。</p>
<p>表現形は人それぞれだ。</p>
<p>でも、何かの形で、変化は起こる。</p>
<p>自分以外のものがそんなにも自分の近くに来るのだから</p>
<p>なにがしかの変化は、どうしたって起こってしまう。</p>
<p> </p>
<p>人と人とは、一見、切り離されている。</p>
<p>でも、子供と、その子供が初めて接する、最も密着する相手のあいだには</p>
<p>へその緒のようなものが切っても切れない状態でつながっている。</p>
<p>それは、母性とか愛情とかそういうものではなくて</p>
<p>言語化できない、もっともプリミティブな人間関係で、</p>
<p>それは、相互に非常に強い関心を持ち合う、ということなのだろう。</p>
<p>その、相手への強い関心というのは</p>
<p>自分自身への関心と、シームレスに繋がっている。</p>
<p>自分の好みが自然に変わってしまうほどに、繋がっている。<a href="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/4e5adabe381aee6898b023.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-640" title="4e5adabe381aee6898b023" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/4e5adabe381aee6898b023-224x300.jpg" alt="" width="224" height="300" /></a></p>
<p>これは、母と子のあいだだけじゃなくて</p>
<p>生まれたばかりの子供と、その面倒を見る大人のあいだに</p>
<p>かならず繋がってしまうものなんじゃないかと思う。</p>
<p>私もかつて、12歳離れた妹に、そんなものを感じたことがある。</p>
<p>彼女は赤ん坊で、私はまだ小中学生だったけれど</p>
<p>この子供になにをしてあげようかって</p>
<p>この子供は私とつながっているのだって</p>
<p>そういうふうに、感じていたのを思い出す。</p>
<p>あの感じは、ほんとうに不思議だ。</p>
<p> </p>
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		<title>2/1　石井ゆかり　　窓越しおいたちインタビュー</title>
		<link>http://www.mikke-minoh.com/yukari/579.html</link>
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		<pubDate>Sat, 31 Jan 2009 17:53:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[石井ゆかり 窓越しおいたちインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[ 
一昨年、Kさんという女性にインタビューをした。
彼女はそのとき、お腹が大きかった。
そして去年の二月に、無事、お嬢さんが生まれた。
初産だったが、安産だった。
生まれた直後、彼女は私にメールをくれて
びっくりさせられ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> </p>
<p>一昨年、Kさんという女性にインタビューをした。</p>
<p>彼女はそのとき、お腹が大きかった。</p>
<p>そして去年の二月に、無事、お嬢さんが生まれた。</p>
<p>初産だったが、安産だった。</p>
<p>生まれた直後、彼女は私にメールをくれて</p>
<p>びっくりさせられたほどだった。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>出産前、彼女はたくさんの不安を抱えていた。</p>
<p>赤ちゃんを産もうとする女性ならみんな感じるだろう　　　　　　　　　　</p>
<p>と思えるような不安もあったし、</p>
<p>彼女の生い立ちやこれまでの経験から来る、</p>
<p>彼女独自の悩みもあった。</p>
<p>インタビューでは、それを話してもらった 。                                                     <img class="alignnone size-medium wp-image-581" title="2e69c88e38396e383bce383840811" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/2e69c88e38396e383bce383840811.jpg" alt="" width="121" height="137" /></p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>そのとき、私は</p>
<p>彼女が出産したあと、また是非、話を聞きたい</p>
<p>と思った。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>そこで、彼女の出産から約一年後にあたる先週、</p>
<p>彼女の話を聞きにでかけた。</p>
<p>彼女が住んでいるのは私が小学生の頃四年ほど住んだ土地で、</p>
<p>そこに行くこと自体、特別な緊張感を伴う。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>久しぶりに会った彼女は、雰囲気が変わっていた。</p>
<p>前回は、どこか少女のようなういういしい考え深さや</p>
<p>きりっととんがった明るさが感じられた。</p>
<p>あれから一年経って、</p>
<p>彼女は、まろやかな美しさを身につけていた。</p>
<p>まるまっこいあどけなさが、面長なしなやかさに置き換わっていた。</p>
<p>でも、とても印象的だった大きな目の輝きには、変化はない。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>彼女は、出産からもうすぐ一歳になる現在までの話をしてくれた。</p>
<p>このお話は私にはとても面白かったので、</p>
<p>改めて書き上げるつもりでいる。</p>
<p>で、今回は、その中で面白かったエピソードをひとつ、ご紹介。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>&#8211;</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>赤ちゃんが話し始める、</p>
<p>いわゆる「発話」は、</p>
<p>「パパ」とか「ママ」などの単語を発したときだ</p>
<p>というイメージがある。</p>
<p>だが、現在の定義によると、</p>
<p>意味不明のあー、とか、うー、とか、声を出し始めたときから、       <a href="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/2e69c88e88ab1080.jpg"><img class="alignright size-full wp-image-584" title="2e69c88e88ab1080" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/2e69c88e88ab1080.jpg" alt="" width="121" height="137" /></a></p>
<p>「発話」なのだそうだ。</p>
<p>今は、たとえば「ぱー」と言うんです、とKさんが言った。</p>
<p>私は、それは「パパ」の意味であろう、と想像した。</p>
<p>しかし、ちがった。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>それは、「パソコン」のことなんです。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>・・・？</p>
<p>パソコン？</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>はい、パソコンが大好きなんです。</p>
<p>私がパソコンの画面を開いているとすぐ寄ってくるんです、</p>
<p>マウスが動くのが気になるみたいです。</p>
<p>最初は私が動かすのを見ていたんですが、</p>
<p>自分でもマウスに触って、</p>
<p>さっ、と動かすと、マウスポインタがびゅっ、と動いて</p>
<p>うわっ！　って驚いたりして。</p>
<p>そういうのが面白いみたいですね。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>びっくりした。</p>
<p>まだ一歳にならない娘さんは、                                                <a href="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/2e69c88e38391e382bde382b3e383b3e8a6aae5ad90079.jpg"><img class="alignright size-full wp-image-585" title="2e69c88e38391e382bde382b3e383b3e8a6aae5ad90079" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/2e69c88e38391e382bde382b3e383b3e8a6aae5ad90079.jpg" alt="" width="194" height="194" /></a></p>
<p>ようやくつかまり立ちをするようになったくらいなのに、</p>
<p>すでにパソコンなのか。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>あと、好きなのは携帯です。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>携帯？</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>私の携帯をいじりたがるんです、</p>
<p>リダイヤルとか短縮ボタンとか、簡単な操作をしてみたがって、</p>
<p>そのへんに置いておくと、自分でかけちゃうんです。</p>
<p>あとで友達から電話がかかってきて</p>
<p>「さっき電話来てたよ−、何かしゃべってたよ」って（笑）</p>
<p>私の父にもよく電話してるみたいです。</p>
<p>だから父は「早く短縮からはずしてくれ」って言ってます。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>びっくりした。</p>
<p>すでに現代っ子、ということなんだろうか。</p>
<p>それがなんなのか、よくわからなかった。</p>
<p>すると、Kさんはこう言った。</p>
<p>子供のおもちゃには、あまり反応しないんです。</p>
<p>大人の使っているモノに興味を持つんですね、</p>
<p>エアコンのリモコンとかも大好きですし、</p>
<p>機械が「ピッ」とか鳴らす音に、よく反応します。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>なるほど。</p>
<p>子供だましなのか、</p>
<p>「本気」のものなのか、</p>
<p>という区別をしているのだ。</p>
<p>おもちゃ屋さんには、子供用の携帯電話風おもちゃなどもあるらしいが、</p>
<p>それでは全く納得がいかないらしい。</p>
<p>Ｋさんの友人のお母さんたちも、同じようなことを言うそうだ。</p>
<p>あるお母さんは、息子があまりにも自分の携帯を触りたがるので、</p>
<p>電気屋さんに行って同じ機種のディスプレイ用のサンプル品を借りてきて</p>
<p>それを「はい、ママと同じだよー」と渡したのだが</p>
<p>それでも、それは「ちがう」と解っていて</p>
<p>ほとんど関心を示さなかったそうだ。</p>
<p>おそるべし。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>なんでも、親と同じことをしたがるんです。</p>
<p>「ママと同じだよ」というと納得するんです。</p>
<p>食べるものも、大人と同じものを食べたがるし、</p>
<p>私が歯磨きしていると、自分も磨きたがります。</p>
<p>前歯しかないのに、奥歯も磨いた気になっていたり（笑）</p>
<p>まだ意識が母親と分離していないから、</p>
<p>母親がやっているからやる、となるみたいです。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>自分が子供の頃はどうだっただろう、</p>
<p>と一瞬、想像したが、</p>
<p>そもそもそんな一歳にもならない幼い頃のことは</p>
<p>覚えているわけもないのだった。</p>
<p>奥歯も生えてない幼い赤ちゃんが、</p>
<p>一生懸命、文字通り背伸びをしまくって、</p>
<p>大人と同じことをしようとする。</p>
<p>それも、「ストイックに努力する」というのではなく</p>
<p>頑固に、ワガママに、それをしようとするのだ。</p>
<p>そうしろといわれないうちから</p>
<p>そうするのだ。</p>
<p>「まだそんなむずかしいものはわからないだろう」</p>
<p>という大人の配慮を飛び越えて、</p>
<p>何が何でも本物がイイ</p>
<p>と、手を伸ばすのだ。</p>
<p>ダメ！って言われても、無視なのだ。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>それは、母と子供が密着していて</p>
<p>「お母さんと同じことをする」</p>
<p>ということなのか。<a href="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/2e69c88e382a8e382a2e382b3e383b3082.jpg"><img class="alignright size-full wp-image-586" title="2e69c88e382a8e382a2e382b3e383b3082" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/2e69c88e382a8e382a2e382b3e383b3082.jpg" alt="" width="330" height="402" /></a></p>
<p>なにかと「同じ」であることは、</p>
<p>子供にとっては大切なことなのだろう。</p>
<p>自分がなんなのか解らない中で</p>
<p>見えているのは、身近な大人たちだ。</p>
<p>だから、それらと「同じ」でなければならない。</p>
<p>それらと早く「同じ」にならなければならない。</p>
<p>そういうことなのだろうか。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>赤ん坊は自分一人では生きていけないから</p>
<p>守られ、世話をされなければならない。</p>
<p>でも、その無力なイメージと</p>
<p>赤ん坊のこの「能動性」にはギャップを感じるほどだ。</p>
<p>彼らは確かに多くのものを必要としているけれど</p>
<p>でも、決して世界に対して受動的ではない。</p>
<p>自分から手を伸ばして掴む。</p>
<p>立てと言われなくても、立とうと試みる。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>牛や馬の赤ん坊は、生まれたらすぐに立つ。</p>
<p>でも、人間の赤ん坊は、</p>
<p>歩けるようになるまでに一年以上もかかる。</p>
<p>つまり、他の動物よりもずっと、</p>
<p>身体的に、未熟な状態で生まれてくる。</p>
<p>でも、心や頭脳は、そうじゃないのだ。</p>
<p>心や頭脳の方が体を追い越して</p>
<p>大人と同じようになりたい、と思うから</p>
<p>まだ熟さない体にむち打つように、</p>
<p>時にいらだちで泣きわめきながら、</p>
<p>どうしても手を伸ばすのだろう。</p>
<p> </p>
<p>そんなアンバランスなパワーを</p>
<p>身近にいる大人は、受け止めなければならないのだ。</p>
<p>たった一年会わないうちに</p>
<p>Kさんの雰囲気がすっかり変わってしまったことに</p>
<p>それだけでも、なんとなく、納得がいく気がする。</p>
<p>お嬢さんが立ち上がろうとする様子を</p>
<p>携帯の動画で、少しだけ見せてもらった。</p>
<p>何度もトライして、尻餅をついて、</p>
<p>でもまた立ち上がろうとする必死な姿と、</p>
<p>母であるKさんの夢中で応援する声が、</p>
<p>そこに、一緒になっておさめられていた。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>あの、何度も立ち上がろうとする、</p>
<p>生き生きした力そのもの、</p>
<p>むきだしの意志みたいなものは、</p>
<p>大人になると消えてしまうんだろうか。</p>
<p>だれもがそういう「どうしても手を伸ばす」という力を</p>
<p>赤ん坊の頃には、持っていたはずなのに、</p>
<p>自分のなかにそういう力を探してみても</p>
<p>見つからないような気がした。</p>
<p>ダメ！って言われてもそれでもやってみたいこと</p>
<p>って、最近何か、あったろうか。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>だけど、昔はたしかに、やっていたんだから</p>
<p>今もどこかにはかすかに、その波動が残ってるんじゃないか</p>
<p>という気がしてならない。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>Ｋさんの話には</p>
<p>「変化」</p>
<p>がとてもたくさん出てきた。</p>
<p>私は占いでしばしば「変化」という言葉を使うけれど</p>
<p>それが具体的にどういうことなのかは</p>
<p>いまいち、うまく説明できないでいた。</p>
<p>Ｋさんが話してくれた「変化」は、</p>
<p>赤ちゃんの変化は勿論、</p>
<p>Ｋさん自身の変化、Ｋさんの両親の変化、旦那様の変化、</p>
<p>さらにもっとたくさんの人々の変化全てに及んでいた。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>赤ん坊みたいに「どうしてもそれがほしい！」というような</p>
<p>むきだしの思いっきりのパワーじゃなくても</p>
<p>人間は、変化する生き生きした力を</p>
<p>いくつになっても、持っているのか</p>
<p>という気がしてきた。</p>
<p>Ｋさんのお話には、そういうことが</p>
<p>ミルクレープのように層状に入っていた。</p>
<p> </p>
<p><a href="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/2e69c88e99db4078.jpg"><img class="alignright size-full wp-image-583" title="2e69c88e99db4078" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/2e69c88e99db4078.jpg" alt="" width="88" height="101" /></a></p>
<p>これからしばらく、断章を連ねるように</p>
<p>その「変化」のお話を書いてみたいと思う。</p>
<p> </p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>1/1 石井ゆかり　窓越しおいたちインタビュー</title>
		<link>http://www.mikke-minoh.com/yukari/553.html</link>
		<comments>http://www.mikke-minoh.com/yukari/553.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 05 Jan 2009 01:28:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[石井ゆかり 窓越しおいたちインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[ 
みなさま、明けましておめでとうございます！
旧年中は、思いがけずたくさんの方に読んで頂けて
とてもうれしかったです。
試行錯誤しながらやっていますが
今年もいろんな方に、お話を伺えたらと思っております。
どうぞよろし [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> </p>
<p>みなさま、明けましておめでとうございます！</p>
<p>旧年中は、思いがけずたくさんの方に読んで頂けて</p>
<p>とてもうれしかったです。</p>
<p>試行錯誤しながらやっていますが</p>
<p>今年もいろんな方に、お話を伺えたらと思っております。</p>
<p>どうぞよろしくお願い申し上げます！</p>
<p> </p>
<p>&#8212;-</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>年末、桐渕さんという方にお会いした。</p>
<p>彼女は三人のお子さんがいるお母さんだ。</p>
<p>もうみんな大きくて、</p>
<p>長女の絵理ちゃんは、今、アメリカにいる。</p>
<p>桐渕さん一家も、日本には住んでいない。</p>
<p>チェコのプラハで、民宿を経営していらっしゃるのだ。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>なぜ、チェコ在住なのか、というと</p>
<p>これには、ワケがある。</p>
<p>1998年の長野オリンピック、</p>
<p>アイスホッケーの試合を観戦した三人のお子さんが</p>
<p>「プロのアイスホッケー選手になる」</p>
<p>と決意してしまったのである。</p>
<p>その決意のもと、なんと、一家は</p>
<p>日本から件の試合の優勝国・チェコ共和国に移住したのだった。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>子供たちはめちゃめちゃ努力を重ね、</p>
<p>絵理ちゃんはアメリカの大学でホッケーチームに所属し、</p>
<p>長男の悠人君と望美ちゃんも、チェコの学校で活躍している。</p>
<p>その成長の様子はしばしば、</p>
<p><a title="記事" href="http://www.tv-asahi.co.jp/chikyukazoku_2003/contents/program/009/" target="_blank">日本のメディアにも取り上げられた。</a></p>
<p><a title="記事" href="http://www.tv-asahi.co.jp/chikyukazoku_2003/contents/program/009/" target="_blank">→　　　チェコでアイスホッケーのプロを目指す！<br />
　　～子供たちの夢のためプラハに移住した家族～</a></p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>母である桐渕さんは、長いこと日本に帰ってなかったが</p>
<p>この冬、久々に帰国した。</p>
<p>そこで、ネット知人の私に声をかけて下さって、</p>
<p>新宿でお茶することができたのだった。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>桐渕さんは、パワー感のある明るいお母さんだった。</p>
<p>若いとき、力一杯遊び、</p>
<p>家族ができてからは、力一杯それに力を注ぎ、</p>
<p>とにかく、物惜しみとか手加減とかしない勇気がある人だ</p>
<p>という感じがした。</p>
<p>たとえば、なにか傷を受けても、</p>
<p>その傷に、簡単に納得したり打ちのめされたりしない</p>
<p>という、ナチュラルな反骨精神のようなものを感じた。</p>
<p>傷のせいにしないし、</p>
<p>傷に打ちのめされるわけでもないし</p>
<p>傷を無視したり打ち消したりしないし、</p>
<p>傷を乗り越えるとか克服するとか試練だと思うとか、</p>
<p>そういうイイコになることもない、</p>
<p>不思議な戦い方のできる人なのだろう、という気がした。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>桐渕さんの今の関心事は、</p>
<p>やっぱり、お子さんのことだけだ。</p>
<p>今は、アメリカにいった絵理ちゃんのことを</p>
<p>力一杯、心配している。</p>
<p>外国で、スポーツという厳しい世界で、</p>
<p>有形無形のカベやハードル、逆風に揉まれながら</p>
<p>夢を追い、勉強し、恋もしてる絵理ちゃんのことを</p>
<p>いかにも普通に心配しているのがおかしかった。</p>
<p>ホッケーに憧れた子供のために、</p>
<p>言葉も通じない国にいきなり移住して商売を始めてしまうような人が、</p>
<p>その親のパワーをしっかり使って</p>
<p>難関のアメリカ大学リーグに乗り込んでしまうような娘に、</p>
<p>親に隠してデートしてた、許されへん</p>
<p>とか言ってるのが、なんだかものすごくおかしかった。</p>
<p>ある壮大さの中の、妙な些細さが</p>
<p>かわいらしくて自然なのだった。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>桐渕さんは、なんと私に、</p>
<p>おみやげを用意して下さっていた。</p>
<p>それが</p>
<p>これ。</p>
<p><a href="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/cal.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-554" title="cal" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/cal-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" /></a></p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>これはカレンダーで、</p>
<p>クリスマスまで一日１つずつ、開けていくんです。</p>
<p>チェコではすごくフツウのものです。</p>
<p>とのこと。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>画像では既に相当空いてしまっているが、</p>
<p>中にはこんなチョコレートが入っている。</p>
<p><a href="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/choko.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-555" title="choko" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/choko-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p> </p>
<p>そうか。</p>
<p>12月になると、チェコの子供はこれを飾って</p>
<p>毎日１つずつ、紙の扉をあけて、</p>
<p>チョコレートを一粒、たべるのか。</p>
<p>そうやって一日一日、</p>
<p>クリスマスがくるのを楽しみにするのか。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>日本でも、</p>
<p>「もういくつ寝ると、お正月」</p>
<p>という歌がある。</p>
<p>指折り数えて、その日を待つ</p>
<p>という楽しみが、かつて、あったのだ。</p>
<p>子供の時は、夏休みとか、旅行とか、</p>
<p>そういう「イベント」を</p>
<p>本当にそれが来るのだろうかという疑問さえ持ちながら</p>
<p>いまかいまかと待っていた。</p>
<p>永遠のように思える日々を、じりじりと待って過ごすうちに</p>
<p>ほんとうに、その日が来る。</p>
<p>その「その日が来る」ということは、</p>
<p>奇跡的な感じさえ、した。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>大人になると、時間は飛ぶように過ぎていく。</p>
<p>でも、子供にとっては、そうではない。</p>
<p>すぐに欲しいものが手元に来ることを、子供は望む。</p>
<p>だけど、欲しいものを手に入れるにはたいてい、</p>
<p>待たなければならない。</p>
<p>植物を育てたり、湯船で数を数えたり、</p>
<p>子供は日々、待つことを覚えさせられる。</p>
<p>それは社会で生きていくために必要なルールだけれど、</p>
<p>一方で、高度な楽しみでもあるのだ。</p>
<p>待つことの楽しさは、</p>
<p>ちいさな子供には解らない。</p>
<p>だんだんに教えられ、経験させられて徐々に、</p>
<p>それが楽しいのだということがわかる。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>ベトナムの農村では昔、</p>
<p>こんな習慣があったそうだ。</p>
<p>男女が婚約すると、男性は結婚の日までの日数分、</p>
<p>縄に結び目をつくってそれを垂らす。</p>
<p>そして、一日過ぎるごとに結び目をほどいていき、</p>
<p>結婚のその日をわくわくしながら待つのだ。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>一日一日、わくわくしながら待っていく、</p>
<p>待った時間が積み上がる、その楽しさ。</p>
<p>すっかり忘れていた。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>年末は例年、飛ぶように過ぎていく。</p>
<p>やることがバタバタと重なり、</p>
<p>息つく暇もなく、</p>
<p>やっぱり、このカレンダーのチョコレートを取り出すのも</p>
<p>忘れがちだった。</p>
<p>年が明けてもこうして、</p>
<p>少し残ってしまった。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>でも今年は、こんなふうに</p>
<p>なにか目指す日を決めて、</p>
<p>その日に向かって一日一日、</p>
<p>わくわくしながら過ごして行けたらどんなに楽しいだろう</p>
<p>と、そんなことを思った。</p>
<p>「意味のある一日」と感じられるのは、</p>
<p>みっちり仕事をしたり、みっちり楽しんだりした日ももちろんそうだが</p>
<p>「何かに一日分近づいた一日」</p>
<p>というのも、あるのだ。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>桐渕さんの三人のお子さんは、</p>
<p>みんな夢に向かって一日ずつ、わくわくしながら進んでいるのだろう。</p>
<p>ガッカリする日もあるだろうけれど</p>
<p>でも</p>
<p>子供はみんなそういうふうに</p>
<p>何かに向かっていっている生き物なんだな、と思った。</p>
<p>過去よりも未来の方がずっと多いのだから</p>
<p>そうなるしかないんだな、と思ったし</p>
<p>自分の中にもそういうものがまだ、</p>
<p>探せばあるのかも！</p>
<p>と</p>
<p>このカレンダーに教えてもらった気がした。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><a title="民宿桐渕" href="http://minshukukiribuchi.web.fc2.com/" target="_blank">桐渕さんの民宿は、こちらです。</a></p>
<p><a title="民宿桐渕" href="http://minshukukiribuchi.web.fc2.com/" target="_blank">→民宿桐渕</a></p>
<p>むっちゃ行きたい。プラハ。</p>
<div></div>
<p> </p>
]]></content:encoded>
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		<title>12/1 石井ゆかり　　窓越しおいたちインタビュー</title>
		<link>http://www.mikke-minoh.com/yukari/499.html</link>
		<comments>http://www.mikke-minoh.com/yukari/499.html#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 30 Nov 2008 14:47:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[石井ゆかり 窓越しおいたちインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[ 
 
ふと最近、思い出したことがある。　　　　　　　　　　　　　
 
それは、私が学生時代にほんの少しだけ関わった
「子育て」
の現場のことだ。
 
大学4年、もう少しで卒業という頃、
構内の掲示板で偶然、私はそのチラ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> </p>
<p> </p>
<p>ふと最近、思い出したことがある。　　　　　　　　　　　　　<img class="alignright size-full wp-image-500" title="風船浮かぶ" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/12e9a2a8e888b9e6b5aee3818be381b6055.jpg" alt="" width="277" height="338" /></p>
<p> </p>
<p>それは、私が学生時代にほんの少しだけ関わった</p>
<p>「子育て」</p>
<p>の現場のことだ。</p>
<p> </p>
<p>大学4年、もう少しで卒業という頃、</p>
<p>構内の掲示板で偶然、私はそのチラシを見つけた。</p>
<p>ボランティア募集のチラシだった。</p>
<p> </p>
<p>それまで、私はボランティアということをしたことがなかったし、</p>
<p>なにしろ仕送りナシ、奨学金頼りの貧乏学生だったので、</p>
<p>生活費と学費を稼ぐためのバイトに明け暮れており、</p>
<p>ボランティアなど、まったく関心がなかった。</p>
<p>しかしそのときは、ちょうどまとまったお金が入ったときで、</p>
<p>バイトに余裕があった。</p>
<p>そのせいか、私は詳しい内容を読んだ。</p>
<p> </p>
<p>それは、ある病気の赤ちゃんのリハビリを手伝ってほしい、</p>
<p>というものだった。</p>
<p>赤ちゃんの病気とは「脳性マヒ」。</p>
<p>全く聞いたことのない病気だった。</p>
<p>募集元は、病院や施設ではなく、個人の家庭らしい。</p>
<p>大学の中に有志がいて、その人たちがここにチラシを貼ったようだった。</p>
<p>私は、ボランティア精神旺盛、という方でもなく、経験もなかったけれど</p>
<p>ひとつ、心にとまったのが、</p>
<p>「赤ちゃん」</p>
<p>ということだった。</p>
<p> </p>
<p>私には、12歳下の妹がいる。</p>
<p>私が小学校5年生の冬に彼女が生まれた。</p>
<p>その直後に、両親が離婚した。</p>
<p>母は実家に帰り、職を探して働き出した。</p>
<p>そんな環境だったから、</p>
<p>だっこからミルクからおしめを替えるのから寝かしつけるのから、</p>
<p>赤ちゃんの世話として知られるひととおりのことは、おおよそ、やった。<img class="alignright size-full wp-image-501" title="服と靴" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/12e69c8de381a8e99db4053.jpg" alt="" width="155" height="384" /></p>
<p>妹はとてもいい子だった。</p>
<p>同じく子供である姉を困らせるようなことはほとんどなかった。</p>
<p>丈夫でかしこくてかわいい子だった。</p>
<p>一度、熱を出して寝込んだことがあったが</p>
<p>あんな小さくて弱々しいものが熱なんか出したら</p>
<p>すぐに死んじゃうんじゃないだろうか、とひどく不安になった。</p>
<p>たいしてわがままも言わず、性格的に問題の多い姉によくなつく、</p>
<p>健気なあの子が死んじゃったらどうしよう、と</p>
<p>かわいそうでたまらない気持ちになったのを覚えている。</p>
<p>今もあのときのことを思い出すと涙が出そうになるから不思議だ。</p>
<p> </p>
<p>私も子供だったから、</p>
<p>言うことを聞かないと感情的にしかったり、</p>
<p>容赦なく叩いたりした記憶がある。</p>
<p>今にして思えば、本当に申し訳なかったと思うことも多々ある。</p>
<p>私は、たしかにひどい「母親代行」であった。</p>
<p>妹は私のせいで、人知れずたくさんの痛みを負ったに違いない、と思うと</p>
<p>いてもたってもいられないような苦しい気持ちになる。</p>
<p>でも、もはや取り返しがつかない。</p>
<p>やってしまったことは、ごめんなさいでは済まない上に</p>
<p>償うこともやりなおしもできない。</p>
<p>子育てはシビアなものだと、つくづく思う。</p>
<p> </p>
<p>だが、大学生の頃は</p>
<p>まだそういうことには気づいていなかった。</p>
<p>赤ちゃんのリハビリ、というチラシを読んで、</p>
<p>私は赤ん坊なら慣れている、と思った。</p>
<p>団体や施設の募集でないのもなんとなく、気に入った。</p>
<p>私は組織や団体が苦手なので、あくまで個人として入れるほうがよかった。</p>
<p>2年生くらいから家庭教師をたくさんかけもっていたこともあり、</p>
<p>人の家に入って子供の面倒を見る、ということに</p>
<p>抵抗が薄かったのかもしれない。</p>
<p>たしかそんなことで、応募したのだった。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>ボランティアの先輩に案内されて、</p>
<p>Nちゃん一家の自宅であるマンションにお邪魔した。</p>
<p>初めての時、誰と行ったか、などは全く覚えていない。</p>
<p>ただ、ビデオかテレビを見たのは覚えている。</p>
<p>それは、脳の何割かが「死んでしまっている」子供たちが</p>
<p>リハビリをして動けるようになり、バレエを踊っている映像だった。</p>
<p> </p>
<p>記憶が定かではないのだが、</p>
<p>脳性マヒというのは、たしか、</p>
<p>妊娠中に起こった何らかのトラブルにより、</p>
<p>脳細胞の機能の多くが失われてしまうという病気だった。</p>
<p>人によって度合いは様々だが、</p>
<p>脳の何割かが失われたような状態になれば当然、</p>
<p>いわゆる「普通の人」のようにはならない。</p>
<p>四肢が思い通りに動かせなかったり、</p>
<p>視力や聴力など五感に障害が起こったりする。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img class="alignright size-full wp-image-502" title="風船破裂" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/12e9a2a8e888b9e7a0b4e8a382054.jpg" alt="" width="243" height="264" /></p>
<p>つまり、マヒする。</p>
<p> </p>
<p>だが。</p>
<p>「普通の人」も、脳のほんの一部しか使っていないと言われている。</p>
<p>2割とか3割とか言われている。</p>
<p>であるならば、2割が残っていれば、</p>
<p>それを全て使いこなせれば、「普通の人」に限りなく近づけるはずだ。</p>
<p>そんなことで、多くの研究者がさまざまなリハビリを考案し、</p>
<p>大きな成果を上げるものもあった、らしい。</p>
<p>その一つが、Nちゃん一家が取り組んでいたリハビリだった。</p>
<p>見せられたビデオは、そのリハビリを紹介する番組だった。</p>
<p> </p>
<p>初めてNちゃんに会ったときは、</p>
<p>一見して、そこらでよくみかける赤ちゃんと変わらなかった。</p>
<p>ただちょっと、目の焦点が合わない感じがしたりするくらいで、</p>
<p>かわいい女の子の赤ちゃんだった。</p>
<p>ちいさな、きゃしゃなNちゃんが取り組むリハビリはしかし</p>
<p>とてもハードだった。</p>
<p>四肢を2人の大人が左右につかみ、</p>
<p>それをリズムにあわせて交互に、曲げたり伸ばしたりするのだ。</p>
<p>Nちゃんの手足は、自分の意志とは関係なく、</p>
<p>硬直したり曲がったりする。</p>
<p>このリハビリの時はさらに緊張して、強い力で抵抗しようとする。</p>
<p>でも、それを有無を言わさず、大人たちが伸ばしたり曲げたりする。</p>
<p>Nちゃんは当然、いやがって泣く。</p>
<p>それを一日に何セットか、繰り返さなければならない。</p>
<p>これは、家族だけではとうてい、不可能だ。</p>
<p>そこで、入れ替わり立ち替わり、学生たちがボランティアにやってくる。</p>
<p>Nちゃんがいつか自分の足で立てるように、と。</p>
<p> </p>
<p>私は、Nちゃんのお母さんが好きだった。</p>
<p>まだ本当に若いお母さんだったと思う。</p>
<p>Nちゃんにはお兄ちゃんがいて、３つか４つくらいだったはずだ。</p>
<p>みんながNちゃんに構って、お兄ちゃんが寂しがるのを心配していた。</p>
<p>ボランティアは、よく、お兄ちゃんとも遊んでいた。</p>
<p> </p>
<p>あれはなにしろ10年以上も前のことで、</p>
<p>記憶がほんとうにあやふやなのだが、</p>
<p>白い壁紙の部屋と、赤ちゃんの甘いにおいと、</p>
<p>Nちゃんのお母さんの優しくて柔らかい感じを覚えている。</p>
<p>強がることもなく、気負い込むこともなく、</p>
<p>悩みも吐露し、してほしいことがあれば何でも頼んでくれて、</p>
<p>Nちゃんのリハビリ以外のことにも関心や興味を持つ、</p>
<p>すてきな人だった。</p>
<p>多分、彼女の涙も見たことがあるような気がするし、</p>
<p>悩みや不安も語ってもらった記憶がある。</p>
<p>リハビリ自体についても、それを信仰するようにやっているのではなく、</p>
<p>迷ったり悩んだり戸惑ったりしながら、</p>
<p>常にそのときどきの最善を選び取ろうとしている感じだった。</p>
<p>一人の人間として、自分をカテゴライズせずにありのまま、</p>
<p>悩んだり迷ったり後悔したりしながら生きている、</p>
<p>コミュニケーション可能な人だった。</p>
<p>「異世界の人」ではなく、「この世の人」だった。</p>
<p>「この世の人」として素敵で、生き生きしていた。</p>
<p> </p>
<p>ボランティアをしたこと自体、とても短い期間だったし、</p>
<p>10年以上前のことで、もう完全に忘れていたのだが、</p>
<p>いきなりぶわっと記憶がよみがえって、びっくりした。</p>
<p>とはいえ、その記憶は断片的で、</p>
<p>肝心なところはほとんど思い出せない。</p>
<p>あの頃、もっとよく話を聞いておけば良かった、</p>
<p>そしてテキストにしておくのだった、と</p>
<p>激しく後悔した。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>&#8212;-　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<img class="alignright size-full wp-image-503" title="パフェ" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/12e38391e38395e382a7056.jpg" alt="" width="326" height="247" /></p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>このインタビューの稿は、ふとした思いつきから、</p>
<p>ほとんど「試しにやってみる」というノリでスタートした。</p>
<p>私は東京在住で、箕面の皆さんはもちろん、大阪なわけで、</p>
<p>東京のお母さんに話を聞いて、</p>
<p>大阪のサイトにのせるのもなんか変だな・・と思いつつ、</p>
<p>これまで試行を繰り返していた。</p>
<p>だが、実はこの冬から来春にかけて、</p>
<p>２，３度大阪に出張する機会ができた。</p>
<p>そこで、</p>
<p>時間の合う方に、大阪でお話を伺えないだろうか！</p>
<p>と思いついた。</p>
<p> </p>
<p>私のインタビューは、</p>
<p>「話してくださる方はいらっしゃいませんでしょうか」</p>
<p>と、挙手を求めるというへんな形でおこなっている。</p>
<p>ある意味、インタビュイーに甘ったれている。</p>
<p>普通は、インタビュアーが、立派な人やおもしろそうな人に</p>
<p>「インタビューさせてください」</p>
<p>と頼みに行くのだとおもうが、</p>
<p>私は相手を全く知らない状態で、お話を伺うということをやっている。</p>
<p>これは、私が元々やっていた「個人占い」から発生したため</p>
<p>そんなふうになっている。</p>
<p>「個人占い」は、相手に関する情報がまったくないところから、話を聞く。</p>
<p>そこにおもしろさがある！と思って、この「インタビュー」をやっている。</p>
<p> </p>
<p>であるから、障害を持ったお子さんのお母さんかどうか、とか、</p>
<p>そうでないお母さんかどうか、などは、</p>
<p>事前にまったく知らずにやってきた。</p>
<p>でも、やっていくうちには、</p>
<p>そういうお母さんとも出会えるかもしれない。</p>
<p>もちろん、私の中にも、自覚できていない無意識の差別意識とか、</p>
<p>偏った考えや固定観念があるはずだ。</p>
<p>それは、誰にでもあると思う。</p>
<p>でもそのこともまた、隠さずに書いていければいいと思う。</p>
<p> </p>
<p>もちろん、私の「インタビュー」はたった2時間で、</p>
<p>そこから全てがわかるわけはない。</p>
<p>私が書いていることはとても断片的で、</p>
<p>ほんのわずかな一面を切り取っただけのことだ。</p>
<p>さらに、インタビュイーが「書いてほしくない」ということは、</p>
<p>一切書かない。</p>
<p>原稿は公開前にかならず読んでいただき、</p>
<p>要望があったところは全部直している。</p>
<p>インタビュイーの要望によっては、公開しない場合もある。</p>
<p>そういう意味では、まったく「客観的」ではないし、公平でもない。</p>
<p>私の主観でしかないのだ。</p>
<p> </p>
<p>そんなものに意味があるのか、というのは、私にはわからない。</p>
<p>でも、どんなに客観をうたったものでも、</p>
<p>結局は書き手の主観でしかない、と私は考えている。</p>
<p>偏向報道だのねつ造だのという言い方があるけれど、</p>
<p>新聞記事だってあれはすべて、記者の主観であり、新聞社の主観なのだ。</p>
<p>人は人間である限り、自分の主観から脱出することはできない。</p>
<p>どんなに客観的になりたいと思っても、</p>
<p>神様にならない限り、それは不可能だ。</p>
<p> </p>
<p>だから、私の書くものを読んで、不快感や悲しみを感じたり、</p>
<p>ときには傷ついたりする方もいらっしゃる。</p>
<p>これは本当に申し訳ないことだし、とりかえしがつかない。</p>
<p>そういうときは、書いたこと自体を後悔することが多い。</p>
<p>書いた内容を反省することもあるけれど、</p>
<p>そうじゃない場合は、もう「書くこと自体をやめたい」と思う。</p>
<p>もう書くべきじゃない、と思ったことは、過去に幾度もある。</p>
<p>だけど私はいい加減でずるい人間なので、</p>
<p>結局、また書き始めてしまう。</p>
<p>これをもうずっと繰り返してきた。</p>
<p> </p>
<p>どんな人でも主観からしか発信できないのであれば、</p>
<p>思いっきり主観で発信してみたらどうか</p>
<p>それには意味がないのだろうか？</p>
<p>という疑問符つきの立場で、私は日々、あちこちで記事を書いている。</p>
<p>この疑問符はたぶん、ずっと消えないと思うけれど、</p>
<p>消えないままでやっていくことに自分の中で明快な「ノー」が出ない限り、</p>
<p>たぶん、書き続けていくのではないかという気がしている。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>&#8211;</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>さて。</p>
<p>そんなスタンスで聞いたり書いたりしているのですが、</p>
<p>こんな私に「話をしてもいいよ！」という、</p>
<p>お子さんをお持ちの方はいらっしゃいませんでしょうか！</p>
<p>子育てをあらかた終えた方でも、子育て中の方でも、</p>
<p>妊娠中の方でもかまいません。</p>
<p>子供が今、近くにいない、という方でもOKです。</p>
<p>伺った内容を、私の主観的記事にいたしまして、</p>
<p>このページに公開させていただきたいと思います。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>インタビューをお願いしたい日時は、以下の通りです。</p>
<p>2008年12月13日（土）　午後16時30分〜18時30分<br />
　大阪天満橋近辺か、ご希望の場所（ご相談）</p>
<p>2009年2月23日（月）　午前1時〜3時<br />
　大阪梅田近辺か、ご希望の場所（ご相談）</p>
<p>突発的に思いついたため、<br />
日時が限られていて申し訳ございません！</p>
<p>お忙しい中お時間をいただくのは本当に恐縮なのですが、<br />
応えてもいいよ！といっていただけたら本当にうれしいです。　　　　　　　　　　<img class="alignright size-full wp-image-504" title="キス" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/12e382ade382b9052.jpg" alt="" width="254" height="458" /><br />
お礼などはすみません、ご用意できないのですが、<br />
お茶・ケーキ代はゴチらせていただきますし、<br />
交通費として千円を負担いたします。</p>
<p>原稿は前述のとおり、一度書いた時点でチェックしていただき、　　　　　　<br />
変えたいところや誤解のある部分などは修正いたします。<br />
読んでみて、公開されたくないという場合は、<br />
即、お蔵入りにいたします。ゴネません。</p>
<p>とてもわがままなお願いなので、<br />
なかなかご応募いただけないかとも思うのですが、<br />
もし、万が一、複数の方からご応募をいただいた場合は、<br />
抽選とさせていただきます。</p>
<p>ご応募はこちらまでお願いいたします↓<br />
<a href="http://form1.fc2.com/form/?id=290767">http://form1.fc2.com/form/?id=290767</a><br />
返信先メールアドレスを忘れずにご記入ください。</p>
<p>勝手ながら、2008年12月5日まで受付とさせていただきます。<br />
抽選になりました場合でも、８日までに当落をご連絡させていただきます。</p>
<p>どうかよろしくお願い申し上げます！</p>
<p> </p>
<p> </p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.mikke-minoh.com/yukari/499.html/feed</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>11/1 窓越しおいたちインタビュー　石井ゆかり</title>
		<link>http://www.mikke-minoh.com/yukari/397.html</link>
		<comments>http://www.mikke-minoh.com/yukari/397.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 31 Oct 2008 14:43:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[石井ゆかり 窓越しおいたちインタビュー]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.mikke-minoh.com/?p=397</guid>
		<description><![CDATA[ 
一緒に仕事をしている、Pさんという女性がいる。
30代で、小学生の息子さんがいる。
その女性と打ち合わせの最中、
ぽろりと出てきた話。
 
 
彼女はイベントの企画などをしながら、
ほかに、自分でも子供たちに教える仕 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> </p>
<p>一緒に仕事をしている、Pさんという女性がいる。<span style="color: #0000ee; text-decoration: underline;"><a href="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/11-1.jpg"><img class="alignright size-full wp-image-401" title="11-1" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/11-1.jpg" alt="" width="300" height="4997" /></a></span></p>
<p>30代で、小学生の息子さんがいる。</p>
<p>その女性と打ち合わせの最中、</p>
<p>ぽろりと出てきた話。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>彼女はイベントの企画などをしながら、</p>
<p>ほかに、自分でも子供たちに教える仕事をしていて、</p>
<p>たくさんの子供たちに触れながら生活している。</p>
<p>忙しい毎日の中で、やっぱり</p>
<p>子供と過ごせる時間を</p>
<p>大切にもし、そのことについてたくさん、考えている。</p>
<p>おそらく、迷いもあるし、悩んでいる、ともいえるのだろう。</p>
<p>彼女は意欲的で強い女性だ。</p>
<p>自立していて、明るい。</p>
<p>でも、そういう女性はみんな、</p>
<p>すごくピュアに、迷ったり悩んだりする。</p>
<p>その迷いや悩みは、その人を動かさなくすることはない。</p>
<p>彼女らは動きながら、ずっと迷いを抱えている。</p>
<p>その迷いと悩みに、時間をかけてつきあっていく。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>彼女には、お義母さんとのあいだにちょっとした軋轢がある。</p>
<p>お義母さんは、彼女が忙しく働いていることを</p>
<p>快く思っていない。</p>
<p>子供がかわいそうだ、と思い、口にも出す。</p>
<p>だから彼女は、両親とも、義母の家とも、</p>
<p>どちらからも離れた場所に家を構えた。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>義母の言うこともわかるんです、</p>
<p>でもそうじゃないだろ、って言いたいけど</p>
<p>私はすぐに謝ってしまうんです、</p>
<p>義母は私が謝るともっと腹が立つみたいで、</p>
<p>謝るんじゃなくて行動で示してほしい、</p>
<p>このままじゃかわいそう、</p>
<p>とその都度言われて、たまに、泣かれてしまうこともあるんです。</p>
<p> </p>
<p>と彼女は言った。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>でもそれは、いいんです、</p>
<p>と彼女は言う。</p>
<p>それは義母と私の問題だから、いいんですが</p>
<p>こまるのは、義母が息子をかわいそうだと思うだけじゃなくて</p>
<p>息子にまでそう言うんですね、</p>
<p>お母さんがいなくてかわいそう、って。</p>
<p>それを聞くと、</p>
<p>いつか息子は自分で自分をかわいそうって思ってしまうんじゃないか、</p>
<p>と思えて、それがいやだし、辛いんです。</p>
<p> </p>
<p>私は、Pさんの気持ちを想像して</p>
<p>胸が痛くなった。</p>
<p>それは、たしかに、いやだろう。</p>
<p>子供は、あなたはかわいそうなんだよ、と言われたら</p>
<p>そう思うだろう。</p>
<p>子供は大人が思うよりずっと</p>
<p>大人の価値観を吸収している。</p>
<p>そのことはだれもが体験していると思う。</p>
<p>大人になって、別の価値観に触れたとき</p>
<p>自分が親や周囲から呼吸のように吸い込んできた価値観の特異さに</p>
<p>愕然としたことが、誰だってあるだろう。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>お母さんのせいで、僕はかわいそうなんだ、</p>
<p>と思われたら、どんな気がするだろう、と思った。</p>
<p>それは、ものすごく悲しく、辛く、</p>
<p>仕事なんか全部辞めて一緒にいてあげたいという気持ちにも</p>
<p>なるだろうな、と思った。</p>
<p>自分がどうするべきなのか、大きく揺らぐだろう。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>彼女は、私が思うに、愛情深い人だ。</p>
<p>私は彼女の家庭を見たこともないし、知らないから</p>
<p>無責任な判断はできないわけだけれど</p>
<p>でも、彼女は少なくとも</p>
<p>愛することに一生懸命になれる人で</p>
<p>それが、仕事にも現れている。</p>
<p>彼女は自分を「作る」ことができないタイプの人で、裏表がないのだ。</p>
<p>仕事は仕事、家庭は家庭、と割り切らない。</p>
<p>だから仕事の打ち合わせでも、いつも彼女の生活の個人的な話が出て、</p>
<p>そこから、仕事の内容の現実的な効果を考え出していく。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>それでも、彼も寂しいだろう。</p>
<p>私の両親は私が子供の頃、別居して、それから離婚した。</p>
<p>あの頃は、寂しいというよりは</p>
<p>家の中に誰も守ってくれる人間がいないことが、怖かった。</p>
<p>不安や恐怖との戦いが、孤独との戦いだった。</p>
<p>私には妹がいたから、それを守らなければ、という</p>
<p>使命感みたいなものもあって、緊張していた。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>子供にとって、親や守ってくれる存在の不在は</p>
<p>たしかに、大きな意味を持つ。</p>
<p>でも、それが「あるか、ないか」ということそれ自体は</p>
<p>さほど深い意味をなさない。</p>
<p>鍵っ子、という言葉は私が小さい頃、すでにとても一般的だった。</p>
<p>「寂しい子供」はたくさんいたのだ。</p>
<p>だからといってなにか「悪い影響」があるかというと</p>
<p>そんな短絡的なことはありえない。</p>
<p>子供が寂しがっている様を思い浮かべると</p>
<p>だれもが胸が締め付けられるような気持ちになると思う。</p>
<p>自分が子供の頃の心細かった記憶を思い出して</p>
<p>守ってあげたい、という気持ちに駆られる。</p>
<p>でも、それを乗り越えられなかったかというと</p>
<p>それは、乗り越えたのだ。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>彼女のお義母さんは、専業主婦で子育てをした。</p>
<p>そのことに誇りを持っているはずだ。</p>
<p>自分が自分の力をすべて割いて満たしたから、</p>
<p>今の立派な息子がある、と感じているのかもしれない。</p>
<p>そんな、自分の成功体験とは違った道を歩く嫁に対して</p>
<p>不安感や危機感を抱くのも、当然といえば当然だ。</p>
<p> </p>
<p>かつてある５０代の女性が私に、こんなことを言った。</p>
<p>仕事をしながら子育てをすることは難しいことで</p>
<p>それを成し遂げた人は一種の「偉人」であって</p>
<p>普通は母親が家にいて子供を育てなければちゃんと育たないのだ、</p>
<p>それを自分は達成したのだ、と。</p>
<p>そして身近にいる「片親」の家の子供たちが</p>
<p>みんなどんなに「悪くなった」かを語った。</p>
<p>私は、彼女に対して</p>
<p>自分も「片親」の家の子だった、とは、いえなかった。</p>
<p> </p>
<p>本質的には、</p>
<p>だれかが仕事をしながら子供を育てあげたからと言って</p>
<p>彼女の人生が否定されるわけではない。</p>
<p> </p>
<p>否定されるわけではない、のに。</p>
<p>人は自分と他人を比較して手応えを得たい。</p>
<p>Pさんの息子さんは自分とほかの子を比べて自分がかわいそうだと思うし、</p>
<p>お義母さんは自分と嫁を比べて、自分の子育てが正しかったと思うし、</p>
<p>Pさんもほかのお母さんたちと自分の生活を比べて不安になったり、</p>
<p>あるいは、逆に自信を持ったりすることもあるだろう。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>今日は旦那がいてくれるんです、と彼女は言った。</p>
<p>みんなで子供は育てればいいのだ。</p>
<p>子供はいつか大きくなる。</p>
<p>それで、お母さんの人生は、その人のものだ。</p>
<p>お母さん、でいられる時間は限られている。</p>
<p>自分の人生を誰かにあげてしまう人生もあるし</p>
<p>一度そうして、途中で取り戻す人生もあるだろう。</p>
<p>あるいは、誰にも自分の人生を渡さない人もいる。</p>
<p>もっと別のことに自分の人生を投じる人もいる。</p>
<p>どれが正解でどれが間違いというのはない。</p>
<p>専業主婦として自分の時間を丁寧に使い、</p>
<p>家族をあたため生かす場を運営するのもすばらしいし、</p>
<p>仕事しながら人の手を借りながら子育てするのだって、いい。</p>
<p>私には子供がいないけれど、それだって別に</p>
<p>誰かと比べて不幸とか幸福とか言えはしない。</p>
<p>ただおそらく、一番有害なのは</p>
<p>「子供のために自分は、大切なものをあきらめた」</p>
<p>という、その結論だろう。</p>
<p>それは子供にとっては、のろいみたいなものだ。</p>
<p>これは「ために」ではなく「せいで」に近い。</p>
<p>自分のせいでお母さんは幸福ではなかったのだ</p>
<p>という負債や罪悪を生まれながらに背負わされた子供は</p>
<p>どんな気持ちで生きていかなければならないだろう。</p>
<p>たぶん、Pさんのお義母さんは、</p>
<p>自分の生き方に誇りを持ち、自信を持っているのだ。</p>
<p>満足しているのだろう。</p>
<p>だからその思いを、お嫁さんにぶつける。</p>
<p>自分のようにせよ、と言える。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>ほかのぶつけ方をする女性もいる。</p>
<p>自分も犠牲になったのだから貴方も犠牲になりなさい、と。</p>
<p>こういう構造は嫁姑のあいだだけじゃなく</p>
<p>社会のどこにでも散見される。</p>
<p>部活での先輩から後輩へのしごきやいじめ、</p>
<p>会社組織でもよくそういうことがある。</p>
<p>自分がひどい目にあったんだから、おまえもひどい目に遭え、と。</p>
<p>ある種の復讐がそこに行われている。</p>
<p> </p>
<p>ある人間の過去が、全く関係のない第三者に及ぼすものは、</p>
<p>意外なほど大きい。</p>
<p>私が過去に背負ったものが、私の意識とは関係なく</p>
<p>誰かを傷つけることがある。</p>
<p>自分の価値観や過去の記憶は自分だけのものなのに</p>
<p>人間は無意識に、それを外の人々に向かって広げようとする生き物らしい。</p>
<p> </p>
<p>Pさんの話を聞きながら、</p>
<p>だいじなのは、</p>
<p>Pさんがそのことで、悩んでいる、ということなのだと思った。</p>
<p>悩んでいるから問題だ、じゃなくて</p>
<p>悩んでいるから、いいなあ、と思えるのだ。</p>
<p>息子さんのことも、お義母さんのことも、旦那さんのことも、</p>
<p>彼女がみんな大事にしたいと思っているからこそ、</p>
<p>悩みが生まれるのだ。</p>
<p>彼女がお義母さんのことを憎んで切って捨てられるなら、</p>
<p>悩みは生まれない。</p>
<p>関係を断ち切ってしまえばいいだけだ。</p>
<p>たしかに、彼女は「離れたところに住む」という選択をしたけれど、</p>
<p>それでも、断ち切ってはいない。</p>
<p>しばしば顔を合わせては、嫌みを言われたり叱責されたりしている。</p>
<p>息子さんも、おばあちゃんに会える。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>悩むのは、</p>
<p>相対立する要素を捨てないようにしよう、</p>
<p>と思えるからなのだ。</p>
<p>自分さえ犠牲になればいい、というのは</p>
<p>愛の出所である自分を切って捨てるという意味で</p>
<p>もっとも無気力な考え方ではないかとおもう。</p>
<p>彼女が子供を犠牲にしたり、</p>
<p>お義母さんを犠牲にしたりしているのかどうか、は</p>
<p>それはほんとの実態のことは私には、全くわからないんだけど</p>
<p>でも、私は、そんなことはないんだろうと思うのだ。</p>
<p>誰も犠牲にはなっていなくて</p>
<p>ただ、そこにはみんなが生きていくためのつらさと悩みがあって、</p>
<p>そこで、できる限りお互いを大切に守ろう、という気持ちがある、</p>
<p>そういうことなんじゃないかと思った。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>Pさんの息子さんが、</p>
<p>自分をかわいそうだと思っているなら、</p>
<p>いつか大きくなって、</p>
<p>本当に愛情のない環境で育った人と出会ったとき、</p>
<p>彼はすごくびっくりするかもしれない、と思った。</p>
<p> </p>
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		<title>10/1  石井ゆかり　　窓越しおいたちインタビュー</title>
		<link>http://www.mikke-minoh.com/yukari/337.html</link>
		<comments>http://www.mikke-minoh.com/yukari/337.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 30 Sep 2008 14:46:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[石井ゆかり 窓越しおいたちインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[

8月末、大阪に出張した。
そのとき、このコラムに誘ってくれた福浦さんと、
このサイトの運営メンバーである、かさいさんにお会いした。
福浦さんとは過去にも何度か会っていたが、
かさいさんとは初対面だった。
 
 
２人 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #0000ee; text-decoration: underline;"><img class="alignright size-full wp-image-339" title="ヒルトン会談" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/e38392e383abe38388e383b3e382a4e383b3e382bfe38393e383a5e383bce381aee382b3e38394e383bce381aee382b3e38394e383bc.jpg" alt="ヒルトン会談" width="400" height="8000" /><br />
</span></p>
<p>8月末、大阪に出張した。</p>
<p>そのとき、このコラムに誘ってくれた福浦さんと、</p>
<p>このサイトの運営メンバーである、かさいさんにお会いした。</p>
<p>福浦さんとは過去にも何度か会っていたが、</p>
<p>かさいさんとは初対面だった。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>２人とも、２人のお子さんがいる。</p>
<p>お子さんの年も幼稚園から小学校低学年と、同じくらい。</p>
<p>でも、お２人の印象はとても違っていて</p>
<p>コントラストが面白かった。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>福浦さんは芸術系の学校を出ていて、イラストを描く人だ。</p>
<p>福浦さんのイラストはいつも、とてもカラフルで</p>
<p>おいしいものやかわいいものがたくさん登場する。</p>
<p>福浦さんは、ハチミツとかクリームとかがぎゅっと濃く詰まった、</p>
<p>でもちゃんとふわっとしたマシュマロみたいな印象の人で、</p>
<p>いつも、人にあげるための手作りの何かを、</p>
<p>カバンにたくさん入れて持って歩いてる感じがする。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>一方、かさいさんは、</p>
<p>シャープな、バネのような感じのする方だった。</p>
<p>言葉に論理的なカラーがあって、</p>
<p>でもその論理は冷たくなくて、むしろホットだった。</p>
<p>弾力があって、引き締まっている感じだ。</p>
<p>スポーツがお好きで、今も相当やっているということだったが</p>
<p>まさに、と納得させられる、キレの良さがあった。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>まずはご挨拶をして、そのあと、</p>
<p>サイトの話から自然に、お二人のお子さんの話になった。</p>
<p>いや、お子さんの話、ではなくて</p>
<p>多分、母親ではない私がいたからだと思うのだが、</p>
<p>「母親じゃない状態から、母親である状態への移行」</p>
<p>にまつわるお話になった。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>かさいさんは、家庭を持ったり子供を持ったりすることは</p>
<p>当初、ぜんぜん頭になかったそうだ。</p>
<p>子供が欲しいとか、こういう家庭を持ちたいとか、</p>
<p>そんな理想や希望は全くなかったらしい。</p>
<p>突然子供ができて、産むことにしたけれど、</p>
<p>そのことへの期待や希望はあまりなくて、</p>
<p>むしろ、とまどうような感じだった。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>子供ができる前は、</p>
<p>恋愛したりセックスしたりということがあって、</p>
<p>それはスリルみたいな、やらしいことというか、</p>
<p>基本的にはちょっと隠しておくようなことですよね。</p>
<p>それが、産婦人科に行ったとたん、</p>
<p>突然「普通の世界」みたいになるんです、</p>
<p>人間の世界になるというか。</p>
<p>ロマンスだったり、ドキドキしたりしていた世界のことが</p>
<p>いきなり、保険証や医療の世界になる、</p>
<p>ここで呆然としました。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>たしかに、そうかも、と思った。</p>
<p>恋愛して、こっそりセックスをして、</p>
<p>それはたとえば、親とかには絶対に見せない世界だ。</p>
<p>でも、お腹に子供がいるとなった瞬間、</p>
<p>そのことは社会的にオープンになる。</p>
<p>今までナイショでしてたことが突如、</p>
<p>親兄弟や会社の人にまで大々的に公開できる情報となる。</p>
<p>道行く人からも大きなお腹が見えるし</p>
<p>子供が出来たということをおおっぴらに語れるようになる。</p>
<p>個人的な感情世界で起こっていたことが</p>
<p>いきなり、客観的現実として社会化され、公開され、</p>
<p>一般的な出来事として取り扱われる。</p>
<p>これはたいへんなギャップだろう。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>かさいさんは、このことについて、</p>
<p>一人目の時はそれに反抗したかった、と言った。</p>
<p>部屋も、全く子供用にしなかったんです。</p>
<p>おもちゃとかも出してはおかず、</p>
<p>いままでどおりに、大人の部屋のままにしてました、</p>
<p>でも、二人目であきらめました、と笑った。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>私は、以前、comoというお母さん向けの雑誌で</p>
<p>占いの記事とコラムを書いていたことがある。</p>
<p>それで、ママでもないのに、毎月この雑誌が送られてきていた。</p>
<p>ナカミをぱらぱらと見ると、</p>
<p>そこには子供がいるなんて思えないような</p>
<p>少女のような「ママモデル」たちがたくさん、写っていた。</p>
<p>ノンノとかセブンティーンとか</p>
<p>そんな雑誌に出てきそうな「女の子たち」が</p>
<p>かわいい服を着てポーズをとりながら微笑んでいるのだった。</p>
<p>その微笑みは、「母親」の微笑みではなくて、</p>
<p>まだ男の子と恋愛してドキドキすることを夢見ている、</p>
<p>少女たちの微笑みに見えた。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>母親になったからといって</p>
<p>ときめく心を持つ女性であることが終わるわけではない。</p>
<p>だけどこの、少女のような「ママモデル」たちの表情は</p>
<p>私を否応なく不安にさせた。</p>
<p>彼女らのほうがまるで</p>
<p>誰かに守り育ててもらいつつある子供でありたがっているように</p>
<p>私には、見えたからだ。</p>
<p>受け止める重厚な懐や、毅然とした思考する態度は</p>
<p>そこからはまったく伺えなかった。</p>
<p>ただ「まだ少女でいたい」という思いだけが</p>
<p>ひしひしと伝わってきて、辛かったのだ。</p>
<p>あれも一つの「反抗」ということなのかなあ、と</p>
<p>ふと、思った。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>出産の時の話はおもしろかった。</p>
<p>福浦さんとかさいさんではぜんぜん、お産の話がちがうのだ。</p>
<p>「大変だった」</p>
<p>という点だけは共通しているのだが、</p>
<p>時間のかかり方やタイミングなど、本当にいろんなことが違う。</p>
<p>福浦さんのときは、赤ちゃんが勢いよく出てしまうので、</p>
<p>看護婦さんたちがゴールキーパーのように前に立っていたらしい。</p>
<p>陣痛では痛みのあまり「暴れました」と笑っていた。</p>
<p>かさいさんは、陣痛と出産時の痛みを思い出して</p>
<p>「介錯」の意味がわかった、と言った。</p>
<p>切腹する武士には、首を切り落としてくれる介錯がつく。</p>
<p>とどめを刺すと同時に、そこで痛みは終わる。</p>
<p>つまり、介錯してほしいほど痛かったのだ。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>２人に共通しているのは、</p>
<p>子育てマニュアルや専門家の意見などを、</p>
<p>あまり気にしていないことだ。</p>
<p>気にしていないというか</p>
<p>その弊害を受けている周囲のママたちを心配しているような感じがあった。</p>
<p>私の好きな「赤毛のアン」シリーズに、</p>
<p>アンが母親になった頃の子育て場面が描かれている。</p>
<p>彼女は大卒のインテリなので、子供を産む前はあれこれ、</p>
<p>育児書を研究したらしい。</p>
<p>でも、実際の子育ての現場に入ると</p>
<p>「そんなのは全く間違っている」</p>
<p>と、育児書に書いてある方法論を瞬時に放棄した。</p>
<p>彼女が読んだ本には、</p>
<p>赤ん坊にいわゆる「あかちゃんことば」を使うのはダメ</p>
<p>と書かれてあった。</p>
<p>子供が生まれる前、理想家の彼女はそれを実践しようと決意していたのだ。</p>
<p>でも、出産直後、その決意を簡単に捨てた。</p>
<p>その「理論」が間違っているのが、体で解ったのだろう。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>かさいさんは臨床心理学を専攻していたが、</p>
<p>今は学生時代の文献などは見ないという。</p>
<p>時々、読みたくなるけれど、読まないですね、</p>
<p>読むと、今目の前にあるものがわからなくなる気がするんです、</p>
<p>と言った。</p>
<p>そのことは、とてもよくわかる気がした。</p>
<p>福浦さんもよく、そんなことを言う。</p>
<p>「育児書とかには、そんなことしちゃいけないって書いてあるけど、</p>
<p>現実には、そんなん、言ってられないじゃないですか、ねえ」</p>
<p>と言って、すごく明るい、土台のある笑い方で笑う。</p>
<p>彼女がそう言って笑うとき、</p>
<p>私は、「何をするか」ではなく、</p>
<p>「その心のあり方」が問題なんだ、と思う。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>たとえば、もっと別の人間関係の中で</p>
<p>「愛嬌がある」とか「憎めない人」とか言う言い方がある。</p>
<p>同じことを言われても、腹の立つ人とそうでない人がいる。</p>
<p>それは何故なのか、と考えると、おそらく</p>
<p>何を言ったかとか、なにをしたかではなくて</p>
<p>その人が対象や物事に対して、基本的にどういう態度でいるか</p>
<p>がネックになっているのだろう。</p>
<p>それは、自他を肯定したり尊敬したりしているかとか、</p>
<p>何を優先して、何を大切にしているか</p>
<p>というところにその中心がある。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>かさいさんは、子育てについて</p>
<p>「私が育ててるから大丈夫なんだ」と思ってるんです</p>
<p>と言った。</p>
<p>彼女の旦那様は、その言動に対し、</p>
<p>それはモンスターペアレンツと呼ばれる人々と同じ態度では</p>
<p>と危ぶんでいるらしい。</p>
<p>でも私はまったく、そういうふうにはおもわなかった。</p>
<p>更に言えば、福浦さんについて私がいつも感じるのも</p>
<p>この人が育ててるんだからぜんぜん大丈夫だろうな、ということだった。</p>
<p>この「私だから大丈夫」というのは、決して</p>
<p>「自分が全て正しい」という意味ではないのだ。</p>
<p>真に主体的・能動的であって自分を肯定できることと、</p>
<p>自分に無批判で依存的・敵対的であることは違う。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>ジャガイモ自体がまず、安全で滋養のある土地で作られていて</p>
<p>それで、味見する時にちゃんと味を判断できる舌があれば、</p>
<p>ジャガイモをどんな形に切ろうと、どんな大きさに切ろうと、</p>
<p>おかわりしたい、おいしいカレーができるのだ。</p>
<p>そのカレーは繊細な味ではないかもしれないけれど、</p>
<p>でもおかわりしたいと必ず思えるおいしさに</p>
<p>いつも安定的に仕上がる。</p>
<p>それは神経質な方法論からそうなるのではないし</p>
<p>隠し味がそうしてくれるのでもない。</p>
<p>ただその人が作るから、そうなるのだ。</p>
<p>その人がおいしいと思うものが</p>
<p>子供にとってもおいしいから、そうなるのだ。</p>
<p>その味は計量カップで出すのではない。</p>
<p>福浦さんが笑うと、いつもそういう安定感を感じる。</p>
<p>福浦さんの子供たちは多分</p>
<p>そんな安定感に守られ、育てられているのだと感じる。</p>
<p>もちろん、彼女だって迷うことも揺れることもあるだろう。</p>
<p>でも、彼女が悲しんでいるときに作ったカレーだって多分</p>
<p>やっぱり、おかわりしたい、いつものおいしいカレーなのだ。</p>
<p>これは単なる比喩だけど</p>
<p>でも、そういうことを、ずっとお話を聞きながら、感じ続けていた。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>お話に出てくるエピソードは</p>
<p>大変だったり痛かったりすることが多いのだけど</p>
<p>でも二人ともすごく楽しそうに話していた。</p>
<p>多分、ラクだったり簡単だったりすることが「楽しい」わけではないのだ。</p>
<p>大変で夢中でツライのが、ほんとに「楽しい」ことなのだろう。</p>
<p>子育てのおもしろさ、といわれることはたぶん</p>
<p>この大変さ自体の中にあるのかもしれない、と思った。</p>
<p>スポーツでも仕事でも何でも、</p>
<p>本当に面白くてのめり込めることは、</p>
<p>すごく大変なことばっかりなのだ。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>この会合はほんの１時間半くらいのことで、</p>
<p>実は、当初から記事にしようとは思っていなかった。</p>
<p>コラムを書かせて頂いているサイトの主催者様と</p>
<p>まずはご挨拶してちょっと打ち合わせを・・・</p>
<p>ということだったのだが</p>
<p>お話を聞いているウチになんだか</p>
<p>ネタにしたいことがいくつも出てきたのでメモを始めた</p>
<p>という流れだったので</p>
<p>私としては、だいぶ物足りなかった。</p>
<p>なので</p>
<p>次回は「インタビュー」を前提で、</p>
<p>時間をとって本腰でお話を聞き出してみたい！</p>
<p>と</p>
<p>こっそり思っている。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>そんなわけで</p>
<p>お二方、またよろしくお願いいたします！</p>
<p> </p>
]]></content:encoded>
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		<title>9/1石井ゆかり窓越し　　おいたちインタビュー</title>
		<link>http://www.mikke-minoh.com/yukari/141.html</link>
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		<pubDate>Sun, 31 Aug 2008 03:13:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[石井ゆかり 窓越しおいたちインタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[子育て]]></category>
		<category><![CDATA[石井ゆかり]]></category>

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		<description><![CDATA[前回に引き続き、STさんと、リョータ君のお話。  　　 　　　　　                 　
前回は名前が出てこなかったが、
STさんの息子さんは、リョータ君というのだ。
STさんはある日、リョータ君に、
大人 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>前回に引き続き、STさんと、リョータ君のお話。  　　 <img class="alignright size-full wp-image-149" title="ゆかりさんjpg" src="http://www.mikke-minoh.com/wordpress/images/e38286e3818be3828ae38195e382939-1.jpg" alt="ゆかりさんjpg" width="400" height="1778" />　　　　　                 　<br />
前回は名前が出てこなかったが、<br />
STさんの息子さんは、リョータ君というのだ。</p>
<p>STさんはある日、リョータ君に、</p>
<p>大人になったら何になりたい？</p>
<p>と訊いてみた。<br />
子供なら１度は、みんな訊かれる。<br />
よくあるシチュエーションだ。<br />
するとリョータ君はこれにこたえて</p>
<p>キレイな女の子になりたい</p>
<p>と言った。<br />
STさんはびっくりして、</p>
<p>何で？</p>
<p>と、かさねて訊いた。<br />
すると</p>
<p>ゴリエだってそうじゃん</p>
<p>と返ってきた。</p>
<p>よくよく話を聞いてみると、どうも、<br />
フリフリした服を着た女の子が好きみたいなんですよ、<br />
とSTさんは言う。<br />
でも、よく考えたら、男の子なんだから、<br />
カワイイキラキラフリフリした女の子が好きって<br />
正常・・・とも言えるかな、と。</p>
<p>私は、うんうんと頷いた。</p>
<p>でも、本当になりたいのは、忍者なんです</p>
<p>とSTさんは続けた。</p>
<p>日々忍者の修行なんです、<br />
一緒に買い物にいくときとか、<br />
数メートル離れた物陰に隠れながらついてくる、とか<br />
鍛えてるんです。<br />
でも、忍者なら、なろうと思えば<br />
忍者村とか、アクションスターとか、なれますよね。<br />
宇宙飛行士とか、普通ならなろうと思ったってなれないのに<br />
それに本気でなろうと思ってなってしまう人もいるわけですよね、<br />
だったら、忍者だって、なれるかも。</p>
<p>STさんはこの話を、最初から<br />
笑顔で、でも、とてもまじめにするのだった。<br />
この「まじめに」というのは、<br />
深刻、という意味ではない。<br />
でも、子供のたわごと、と笑い飛ばす感じは<br />
ちっともないのだった。<br />
子供の話を、真面目に聞いて、<br />
変な心配をしたり、異常なんじゃないかなどと怯えたりせず、<br />
ありのまま、いたってまじめに受け止めているんだ、<br />
と思った。<br />
変な先入観も、先回りしてとめてしまうこともない。</p>
<p>ああ、「子供の邪魔をしない」って、<br />
こういうことなんだ、と思った。<br />
無関心とか放任とかと、<br />
「邪魔しない」とは、ちがうのだ。<br />
先回りしない、ということなんだ、と思った。<br />
強い関心を持っているし、<br />
そのことについておおまじめに受け取っているけれど、<br />
決して、結論を先取りしたりしない。<br />
笑い飛ばすのも、<br />
心配して違うものになりたいようにと諭すのも、<br />
どちらも、結論を先取りしているのだ。</p>
<p>幼稚園を卒園するとき、謝恩会というのがあったんです。<br />
親が全て企画を考えて、先生にお礼をする会です。<br />
そこで、卒園する子供ひとりひとりに、<br />
将来何になりたいか、を訊いて<br />
それをビデオに撮ってまとめたんです。<br />
そうしたら、<br />
忍者になりたい<br />
って、ウチの息子だけじゃないんですよ、<br />
結構いっぱいいるんです。<br />
子供は多分、好きなものと「なりたい」が<br />
直結してるんですね。<br />
ケーキ屋さん、っていうのも、ケーキが好きだから、でしょう。<br />
中には「殿になりたい」っていう子がいました、<br />
その子は、訊いてみたら、<br />
時代劇とかに出てくるお城が好きなんです、<br />
だから、お城だから、殿になればいい、と。<br />
アイドルと柔道の先生になりたい、っていう女の子もいました。</p>
<p>そうか。<br />
子供の頃は確かに、<br />
それになったらなにをしなければならないか<br />
ではなく<br />
何が好きで、それに近づくには何になればいいか<br />
を考えたのだ。<br />
幼稚園、小学校１年生のころ、<br />
私は何になりたいって言っていたんだろう。<br />
親は、弁護士とか医者とか<br />
むちゃくちゃなもの（私のアタマの巻き具合からして全く無茶だ）になれ、とか<br />
盛んに言っていたけど<br />
何になりたいと思っていたかは、覚えていない。<br />
小学校を卒業するときは<br />
アルバムに夢を書いた。<br />
「OL兼作家」<br />
と書いてあった。<br />
作家だけでは食べられないと思っていたのだろう。<br />
どうも、若々しさがない。</p>
<p>なにになりたい？<br />
と、お母さんやお父さんは、それを知りたがる。<br />
その答えに、一喜一憂したりする。<br />
おもしろがったり、笑ってしまったりする。<br />
いろんな反応があると思う。<br />
子供はいつかそんなことは忘れてしまう。<br />
でも、<br />
STさんの受け取り方は<br />
なんだかとても、好きだ、と思えた。<br />
子供の邪魔をしない<br />
というのは<br />
関心を持たない、ということとはちがう。<br />
関心を持った上で、おおまじめでそのままをうけとって、<br />
でも、その先については<br />
子供以上に楽観的に待っている。<br />
余計な心配も、「軌道修正」もない。</p>
<p>多分、子供にだけじゃなくて<br />
大人にも、そういう態度が取れたらきっと<br />
すごくいろんなことが、うまくいくんじゃないか。<br />
そう思えた。<br />
STさんのコットンみたいな知性は<br />
そういうふうにできているのだ、と思った。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>石井ゆかり　窓越しおいたちインタビュー　Vol.3</title>
		<link>http://www.mikke-minoh.com/yukari/94.html</link>
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		<pubDate>Sun, 27 Jul 2008 22:50:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[石井ゆかり 窓越しおいたちインタビュー]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.mikke-minoh.com/?p=94</guid>
		<description><![CDATA[今回は、STさんというお母さんにお会いした。
STさんには、小学校一年生の息子さんがいる。
頭のてっぺんにおだんごを結ったSTさんは、
とてもやわらかくてストレートな感触の方だった。
その感触は、ガーゼのしくみに似ていた [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignright size-full wp-image-1520" title="yukari_4" src="http://www.mikke-minoh.com/cgi-bin/images/yukari_4.jpg" alt="yukari_4" width="280" height="3050" />今回は、STさんというお母さんにお会いした。<br />
STさんには、小学校一年生の息子さんがいる。<br />
頭のてっぺんにおだんごを結ったSTさんは、<br />
とてもやわらかくてストレートな感触の方だった。<br />
その感触は、ガーゼのしくみに似ていた。<br />
ガーゼは縦横に繊維を伸ばしただけの、<br />
とても単純で論理的な構造で<br />
それが何とも言えないさわやかな手触りや温もりを生み出す。<br />
STさんの持っている明朗さと柔らかさは<br />
ちょうどそんな具合に呼応している、という気がした。</p>
<p>STさんは、旦那様とお店を営んでいて、朝、毎日お弁当を作る。<br />
お弁当には必ず、卵焼きが入る。<br />
つまり毎朝必ず、卵焼きを作るのだ。</p>
<p>毎朝作るのに、私は、いつも同じようには作れないんです<br />
と彼女は言った。<br />
もうまんべんなく黄色くて、<br />
キレイにこう、渦を巻いたのが作れる日があるかと思えば、<br />
ぐちゃぐちゃになってまったく巻けてない日もあるんです。<br />
多分、雑念が入ってると、うまく焼けないんですね。</p>
<p>雑念、ですか、とつっこむと<br />
STさんは、にやりと笑った。<br />
そうですね、なんか悪いことたくらんでるとか。ふふふ。<br />
何かたくらむんですか？　と返したら<br />
さらにSTさんは不敵な笑いを浮かべた。<br />
そうですね、けっこう常になんかたくらんでますね。<br />
いろいろ妄想したりね。ふふふ。</p>
<p>息子もけっこうそれを引き継いでるんですね、<br />
頭の中に自分だけの森みたいなのがあるんですね、<br />
ほら、犬とか猫は、本当はしゃべらないじゃないですか、<br />
でも、絵本の中ではクマとかキリンとかが普通にしゃべってるでしょう、<br />
ああいう世界に、息子もまだ、住んでるんでしょうね。</p>
<p>なるほど。<br />
私もそういえば、子供の頃、空想の世界に住んでいた。<br />
そこでは犬も猫も、「本当はお話しできる相手」だった。<br />
ただ、なにかやりかたがわるくて、できていないのだ。</p>
<p>STさんは続けた。<br />
お風呂の中とか、寝る前に、今日あったこととかを話すんです。<br />
そのとき、最初は本当のことを話してるんですが<br />
だんだん、絶対ウソだ、という話になっていくんです。<br />
お母さん、こういうゲームあるの知ってる？　とか言うんです<br />
なんとかネコちゃんゲーム、お母さんネコ好きだから、やったら絶対おもしろいよ、とかね。<br />
そんなの絶対にないだろう、というゲームなんです、それ。</p>
<p>私はこの話をきいて、どきっとしたのだ。<br />
なぜなら、私はけっこう大きくなるまで、<br />
空想の、作り話の中で生きていたからだ。<br />
さらに、<br />
私には、年の離れた妹といとこがいて<br />
いとこは男の子だったけど、小さいときにはよく、<br />
あり得ない自慢話をしていたのを覚えている。<br />
でも、私も、いとこも、<br />
いつか、その世界から脱出していた。<br />
あたりまえの、現実の世界に住むようになった。</p>
<p>子供の頃には、誰もが話しているのだ。<br />
でもそんなの、大人になったらスッキリ忘れてしまっている。<br />
大人になって子供ができて、<br />
子供が作り話を始めたら最初はさぞかしびっくりして心配になるだろう、<br />
と私は考えた。<br />
でも、自分も子供の時にやっていたのを思い出せたら<br />
それはそれで、ありなのか、と思うようになるのかもしれない。</p>
<p>「それはウソでしょ」っていうことじゃないとおもうんです、<br />
とSTさんは言った。<br />
今日野球やったんだよ、という話をはじめて、<br />
それはほんとうなんです。<br />
でも、だんだん、ホームラン打ったんだよ、とかそういう話になっていくんです。<br />
ウソだろうなーと思うんですけど、<br />
近所に、同じクラスの子がいて、<br />
その子がたまたま、一人であそびに来た時に<br />
やっぱり、「昨日野球やったんだよ」という話をするんです。<br />
で、おなじように「ホームラン打ったんだよ」って言うんです。<br />
うちの子も打ったって言ってた、と話すと、<br />
えー？<br />
っていうんです、<br />
ランニングホームラン打ったって言ってたよ、と言うと<br />
そうか、リョータはすばしっこいからな、って納得したりするんです、<br />
と、STさんは笑った。</p>
<p>ウソをついている、とかいうのではなく、<br />
多分そういうふうに言うことが楽しいんだろうと思うんです、<br />
メルヘンチックな世界で生きている、というか。<br />
だから、ことさらに「ウソでしょ」って言うこともないか、とおもって<br />
そのまま「ふーん」って聞いています。<br />
そうSTさんは言った。</p>
<p>STさんの「ふーん」というのは<br />
すごくあかるくてやさしくておもしろい。<br />
論理的でクールだ。<br />
否定も肯定もしない、でも、決してだまされない。<br />
賢さ、知性ということに注目するとき、<br />
どうも、語学力とか、知識の量とか、計算の早さとかが珍重されがちだけれど<br />
もしかしたらほんとうの知性というのはこういうことかもしれない、と思った。<br />
それは、つまり<br />
「だまされていない」<br />
ということなのだ。</p>
<p>人間は、誤解する。間違う。知らないことがいっぱいある。<br />
空想もするし、ウソもつく。<br />
そういうものに囲まれている、とわかったとき、<br />
自分の中にもそれらを発見して<br />
ふふふ、簡単には、だまされないわよ、と思いつつも<br />
頭ごなしに否定したり禁止したりしない、というのは<br />
なんて知的な態度なんだろうと思ったのだ。</p>
<p>そこにもやっぱりガーゼみたいな感触があるなと思った。<br />
やわらかくて、でも、透き通っていて<br />
真っ直ぐで、論理的なのだ。<br />
その構造全体が、やさしくてあたたかなのだ。</p>
<p>STさんからうかがった話の、これはほんとに一部なのだが、<br />
お話ししてるその全体が<br />
辛い思い出も、悲しい思い出も、楽しいことも嬉しいこともみんな<br />
優しくて、率直で、だまされていない、と思った。<br />
人は弱いから<br />
騙されたくなる時もあるのだと思うのだ。<br />
自分のかわりに誰かが考えて決めてくれたら、と思うし<br />
自分が思っていることのままで良いのかどうか、不安なのだ。<br />
でも。<br />
誰かにそれを託した瞬間、<br />
その人は極端に騙されやすい状態になってしまっている。</p>
<p>だまされないこと。<br />
ガーゼのイメージと、知性というものの本当の意味と、が、つながって<br />
STさんのことを思い出すたびに<br />
ふわっといい感触があるのだった。</p>
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