知って得するコラム

子育ては季節と共に 

( 2009年12月9日更新 )

子どもを育てていると、よく季節を感じます。服装を考えなくてはいけないし、室温やお布団など暑さ寒さの加減が気になります。また、子どもは日常生活のちょっとした変化を喜ぶので、めぐる季節の中に現れる目新しいことを追いかけて育ってきた気がします。たとえば今の季節ならどんぐり拾いや紅葉です。以前住んでいた桜ケ丘の中央線から桜ケ丘図書館に行く道は、ちょっとしたいちょうの名所(?)です。大きないちょうの木が並んでいて、そこは日当たりの加減か中央線のいちょうよりも少し早く色づきます。晴れた日は日差しを受けて黄~金色に輝くように見え、とてもきれいです。箕面に引っ越してきたその秋、当時2~6歳だったうちの子たちもその美しさをわかったように覚えています。もっと喜んだのは、その下につもっている落ち葉を踏んだり散らしたりすることでした。落ち葉があるだけで喜々として遊べるのは幼稚園ぐらいまででしょうか。今は中高生になってしまいましたが、その道を通ると、落ち葉の所を選んで歩きうれしそうに蹴散らしていたり、どの葉がきれいか見比べながら何枚も拾っていた幼いころをなつかしく思い出します。どんぐりをいっぱい拾ってきて気がついたら虫が出てきて焦ったり、桜やもみじやいちょうの葉を紙に貼って遊んだり、秋ならではの遊びがありました。
そんな思い出は単に子どもが幼いころの安上がりの楽しみと思っていたのですが、先日、幼児教育の大学の先生の話を聞き、結構意味があるとわかってちょっと感動しました。言語力についての話題で、たとえば小学校の先生が「もみじがきれいね」と話をされたとき、もみじに親しんでいない子は先生の言葉の意味がわからず話を聞く気になれないということでした。幼児のときからもみじの葉を手に取って「ほら、これがもみじ」と話しかけてもらい、それで遊ぶことを繰り返すから、子どもは親しみを持ち経験になるのだそうです。テレビやビデオなどの映像よりも、実物を目の前で見て手でさわることとそのときに話しかけてもらうことが大事です。子どもの頭の中にイメージができあがっていると話を聞いても本を読んでも解るからおもしろいけれど、イメージの無い子は本も話も関心を持てず、学校で教わることがおもしろくなく、言語力が落ちてしまうそうです。遊びには多くの意味があると言われていますが、もっともっと「遊びを大事に」と声を大にして言いたいですね。

福井 聖子先生プロフィール

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