( 2008年8月31日更新 )
前回に引き続き、STさんと、リョータ君のお話。
前回は名前が出てこなかったが、
STさんの息子さんは、リョータ君というのだ。
STさんはある日、リョータ君に、
大人になったら何になりたい?
と訊いてみた。
子供なら1度は、みんな訊かれる。
よくあるシチュエーションだ。
するとリョータ君はこれにこたえて
キレイな女の子になりたい
と言った。
STさんはびっくりして、
何で?
と、かさねて訊いた。
すると
ゴリエだってそうじゃん
と返ってきた。
よくよく話を聞いてみると、どうも、
フリフリした服を着た女の子が好きみたいなんですよ、
とSTさんは言う。
でも、よく考えたら、男の子なんだから、
カワイイキラキラフリフリした女の子が好きって
正常・・・とも言えるかな、と。
私は、うんうんと頷いた。
でも、本当になりたいのは、忍者なんです
とSTさんは続けた。
日々忍者の修行なんです、
一緒に買い物にいくときとか、
数メートル離れた物陰に隠れながらついてくる、とか
鍛えてるんです。
でも、忍者なら、なろうと思えば
忍者村とか、アクションスターとか、なれますよね。
宇宙飛行士とか、普通ならなろうと思ったってなれないのに
それに本気でなろうと思ってなってしまう人もいるわけですよね、
だったら、忍者だって、なれるかも。
STさんはこの話を、最初から
笑顔で、でも、とてもまじめにするのだった。
この「まじめに」というのは、
深刻、という意味ではない。
でも、子供のたわごと、と笑い飛ばす感じは
ちっともないのだった。
子供の話を、真面目に聞いて、
変な心配をしたり、異常なんじゃないかなどと怯えたりせず、
ありのまま、いたってまじめに受け止めているんだ、
と思った。
変な先入観も、先回りしてとめてしまうこともない。
ああ、「子供の邪魔をしない」って、
こういうことなんだ、と思った。
無関心とか放任とかと、
「邪魔しない」とは、ちがうのだ。
先回りしない、ということなんだ、と思った。
強い関心を持っているし、
そのことについておおまじめに受け取っているけれど、
決して、結論を先取りしたりしない。
笑い飛ばすのも、
心配して違うものになりたいようにと諭すのも、
どちらも、結論を先取りしているのだ。
幼稚園を卒園するとき、謝恩会というのがあったんです。
親が全て企画を考えて、先生にお礼をする会です。
そこで、卒園する子供ひとりひとりに、
将来何になりたいか、を訊いて
それをビデオに撮ってまとめたんです。
そうしたら、
忍者になりたい
って、ウチの息子だけじゃないんですよ、
結構いっぱいいるんです。
子供は多分、好きなものと「なりたい」が
直結してるんですね。
ケーキ屋さん、っていうのも、ケーキが好きだから、でしょう。
中には「殿になりたい」っていう子がいました、
その子は、訊いてみたら、
時代劇とかに出てくるお城が好きなんです、
だから、お城だから、殿になればいい、と。
アイドルと柔道の先生になりたい、っていう女の子もいました。
そうか。
子供の頃は確かに、
それになったらなにをしなければならないか
ではなく
何が好きで、それに近づくには何になればいいか
を考えたのだ。
幼稚園、小学校1年生のころ、
私は何になりたいって言っていたんだろう。
親は、弁護士とか医者とか
むちゃくちゃなもの(私のアタマの巻き具合からして全く無茶だ)になれ、とか
盛んに言っていたけど
何になりたいと思っていたかは、覚えていない。
小学校を卒業するときは
アルバムに夢を書いた。
「OL兼作家」
と書いてあった。
作家だけでは食べられないと思っていたのだろう。
どうも、若々しさがない。
なにになりたい?
と、お母さんやお父さんは、それを知りたがる。
その答えに、一喜一憂したりする。
おもしろがったり、笑ってしまったりする。
いろんな反応があると思う。
子供はいつかそんなことは忘れてしまう。
でも、
STさんの受け取り方は
なんだかとても、好きだ、と思えた。
子供の邪魔をしない
というのは
関心を持たない、ということとはちがう。
関心を持った上で、おおまじめでそのままをうけとって、
でも、その先については
子供以上に楽観的に待っている。
余計な心配も、「軌道修正」もない。
多分、子供にだけじゃなくて
大人にも、そういう態度が取れたらきっと
すごくいろんなことが、うまくいくんじゃないか。
そう思えた。
STさんのコットンみたいな知性は
そういうふうにできているのだ、と思った。
