石井ゆかり窓越しおいたちインタビュー

石井ゆかり 窓越しおいたちインタビュー Vol.2

( 2008年7月26日更新 )

Fさんには2人の子供がいる。
7歳のお姉ちゃんと、4歳の弟くんだ。

去年の10月、4歳の弟くんの誕生日に、
お母さんは、3人でケーキを作ろうと考えた。
3人でわいわい言いながらケーキを作ったら
きっと2人とも
すごくよろこぶだろうと思ったのだ。

 

 

yukari_2

お母さんはスポンジケーキを焼き
それをテーブルに載せて
生クリームとフルーツを用意し
余計な道具を片づけて・・
とその隙に
弟くんはクリームを
どかっ!
と豪快にケーキの上にのせてしまった。
そして、人工雪のスキー場のような
上だけ白くて周りは黄色いケーキができたのだった。
これをできるだけ平らにのばし
フルーツを飾って、
できあがり。
弟くんは大満足だった。

 

かくしてお祝いの準備が整った。
みんなあつまって
手作りケーキにろうそくをたてて
火を灯して電気を消して
みんなで歌を歌って、
おめでとう!
お祝いの声が乱れ飛ぶ中で
弟くんはそれをふーっと吹き消した。
とっても嬉しそうだった。
お母さんも大成功の達成感を味わった。
楽しくて嬉しくてよかったね!
と胸が躍ったそのとき
かたわらで楽しそうにそれを見ていたお姉ちゃんが
ついとお母さんの顔を見上げて、冷静かつ穏やかにこう述べた。

「お母さん、私の時は買ってきてね」

と。

だよね。ふ。

—-

Fさんはある日
7つのお姉ちゃんと4つの弟くんを
マクドナルドに連れて行った。

imageハンバーガーを食べながら
2人がこう言いだした。

「どっちのほうが好き?」

お姉ちゃんと弟くんのうち
お母ちゃんはどっちのほうが余計に好きなん

という、普遍的な命題を投げかけてきたのだ。
ああ、それは必ずあるみたいですね
と私が言うと
そうですね、時々言うんですけどね
とFさんが答えた。
こういうときはね、
「どっちもすき」
はダメなんですよ。
どっちかえらべって言われるんです。

Fさんは2人にこう言った。

「これから、テーブルの下で足を蹴ったほう。」

そして、えい!と2人の足を両足で蹴りました

してやったり
の笑顔で言った。

その光景を見ていた白人のお客さんが
すごくびっくりして眉をひそめてました
だってそうですよね
いきなり子供の足を蹴るお母さんってどうおもいます?
とFさんは笑った。

お姉ちゃんは両方蹴ったのではと疑ったけれど
弟くんはそれで満足だった。

どっちかと2人きりのときは、
まちがいなく「あんたよ」と言うんです。
育児書なんかには絶対どっちとか言ってはイケナイって書いてある、
専門的には違うのかもしれないけど、
でも、生活の中で、その子たちがそう言った時に
どっちも、では納得ができないと思うし、
あんたのほうがすきよ、って言ってイイと思うんです。

Fさんはそう言った。
私もそう思った。

 

yukari_3「こっちのほうが好き」
という相対評価は必然的に
「そっちじゃないほうはすこししか好きじゃない」
を導き出す。
でも、ここでの「こっちのほう」という
あくまで相対的な言葉には
不思議な絶対性があるのだ。
お姉ちゃんの方がすき、で、
弟くんの方がすき、で
論理的には「ウソをついた」という事実まで背負って
ある意味、ウソという悪を引き受けてこどもに
絶対のOKとYESを出していくお母さんの強靱さがあって
すごく納得できた。

子供とお母さんの関係ってそのくらい
相対性がないのだ
「絶対」でできているのだ、と思った。
この「絶対」というのは
母性が完全だとか、絶対に子供がカワイイとか
そういう意味ではない。
これとこれを比較して論評して分析して
ウソかどうか論理的に判断して
というようなロジックがほとんど機能しないし
もとめられてもいないのだ。
「どっちも」
というのではなく、
「あんたのほうがすきよ」と両方に言える
そのことが求められるのだ、という気がした。

本当はどうなんですか?
と尋ねたら、
やっぱり、上の子は入学式でも参観日でもなんでも
とにかく「初めて」を一緒にやりますから、
思い入れがありますよね、
下の子については、そういうのはないけれど
上の子のときに一生懸命やった分、
みえてくるものというのはある気がします。
と返ってきた。

私も子供の頃、
妹と自分とどっちが好きか
と親に聞いた記憶がある。
お風呂の中で、母と2人だったとおもう。
そのときのことを思い出して
一体私はどんな気持ちでそう言ったんだろうな
と考えた。
何かそう聞かなきゃいけなかったんだと思う。
それをききたい、よんどころない理由が
私の心にあったのだ

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