石井ゆかり窓越しおいたちインタビュー

石井ゆかり 窓越しおいたちインタビュー Vol.3

( 2008年7月28日更新 )

yukari_4今回は、STさんというお母さんにお会いした。
STさんには、小学校一年生の息子さんがいる。
頭のてっぺんにおだんごを結ったSTさんは、
とてもやわらかくてストレートな感触の方だった。
その感触は、ガーゼのしくみに似ていた。
ガーゼは縦横に繊維を伸ばしただけの、
とても単純で論理的な構造で
それが何とも言えないさわやかな手触りや温もりを生み出す。
STさんの持っている明朗さと柔らかさは
ちょうどそんな具合に呼応している、という気がした。

STさんは、旦那様とお店を営んでいて、朝、毎日お弁当を作る。
お弁当には必ず、卵焼きが入る。
つまり毎朝必ず、卵焼きを作るのだ。

毎朝作るのに、私は、いつも同じようには作れないんです
と彼女は言った。
もうまんべんなく黄色くて、
キレイにこう、渦を巻いたのが作れる日があるかと思えば、
ぐちゃぐちゃになってまったく巻けてない日もあるんです。
多分、雑念が入ってると、うまく焼けないんですね。

雑念、ですか、とつっこむと
STさんは、にやりと笑った。
そうですね、なんか悪いことたくらんでるとか。ふふふ。
何かたくらむんですか? と返したら
さらにSTさんは不敵な笑いを浮かべた。
そうですね、けっこう常になんかたくらんでますね。
いろいろ妄想したりね。ふふふ。

息子もけっこうそれを引き継いでるんですね、
頭の中に自分だけの森みたいなのがあるんですね、
ほら、犬とか猫は、本当はしゃべらないじゃないですか、
でも、絵本の中ではクマとかキリンとかが普通にしゃべってるでしょう、
ああいう世界に、息子もまだ、住んでるんでしょうね。

なるほど。
私もそういえば、子供の頃、空想の世界に住んでいた。
そこでは犬も猫も、「本当はお話しできる相手」だった。
ただ、なにかやりかたがわるくて、できていないのだ。

STさんは続けた。
お風呂の中とか、寝る前に、今日あったこととかを話すんです。
そのとき、最初は本当のことを話してるんですが
だんだん、絶対ウソだ、という話になっていくんです。
お母さん、こういうゲームあるの知ってる? とか言うんです
なんとかネコちゃんゲーム、お母さんネコ好きだから、やったら絶対おもしろいよ、とかね。
そんなの絶対にないだろう、というゲームなんです、それ。

私はこの話をきいて、どきっとしたのだ。
なぜなら、私はけっこう大きくなるまで、
空想の、作り話の中で生きていたからだ。
さらに、
私には、年の離れた妹といとこがいて
いとこは男の子だったけど、小さいときにはよく、
あり得ない自慢話をしていたのを覚えている。
でも、私も、いとこも、
いつか、その世界から脱出していた。
あたりまえの、現実の世界に住むようになった。

子供の頃には、誰もが話しているのだ。
でもそんなの、大人になったらスッキリ忘れてしまっている。
大人になって子供ができて、
子供が作り話を始めたら最初はさぞかしびっくりして心配になるだろう、
と私は考えた。
でも、自分も子供の時にやっていたのを思い出せたら
それはそれで、ありなのか、と思うようになるのかもしれない。

「それはウソでしょ」っていうことじゃないとおもうんです、
とSTさんは言った。
今日野球やったんだよ、という話をはじめて、
それはほんとうなんです。
でも、だんだん、ホームラン打ったんだよ、とかそういう話になっていくんです。
ウソだろうなーと思うんですけど、
近所に、同じクラスの子がいて、
その子がたまたま、一人であそびに来た時に
やっぱり、「昨日野球やったんだよ」という話をするんです。
で、おなじように「ホームラン打ったんだよ」って言うんです。
うちの子も打ったって言ってた、と話すと、
えー?
っていうんです、
ランニングホームラン打ったって言ってたよ、と言うと
そうか、リョータはすばしっこいからな、って納得したりするんです、
と、STさんは笑った。

ウソをついている、とかいうのではなく、
多分そういうふうに言うことが楽しいんだろうと思うんです、
メルヘンチックな世界で生きている、というか。
だから、ことさらに「ウソでしょ」って言うこともないか、とおもって
そのまま「ふーん」って聞いています。
そうSTさんは言った。

STさんの「ふーん」というのは
すごくあかるくてやさしくておもしろい。
論理的でクールだ。
否定も肯定もしない、でも、決してだまされない。
賢さ、知性ということに注目するとき、
どうも、語学力とか、知識の量とか、計算の早さとかが珍重されがちだけれど
もしかしたらほんとうの知性というのはこういうことかもしれない、と思った。
それは、つまり
「だまされていない」
ということなのだ。

人間は、誤解する。間違う。知らないことがいっぱいある。
空想もするし、ウソもつく。
そういうものに囲まれている、とわかったとき、
自分の中にもそれらを発見して
ふふふ、簡単には、だまされないわよ、と思いつつも
頭ごなしに否定したり禁止したりしない、というのは
なんて知的な態度なんだろうと思ったのだ。

そこにもやっぱりガーゼみたいな感触があるなと思った。
やわらかくて、でも、透き通っていて
真っ直ぐで、論理的なのだ。
その構造全体が、やさしくてあたたかなのだ。

STさんからうかがった話の、これはほんとに一部なのだが、
お話ししてるその全体が
辛い思い出も、悲しい思い出も、楽しいことも嬉しいこともみんな
優しくて、率直で、だまされていない、と思った。
人は弱いから
騙されたくなる時もあるのだと思うのだ。
自分のかわりに誰かが考えて決めてくれたら、と思うし
自分が思っていることのままで良いのかどうか、不安なのだ。
でも。
誰かにそれを託した瞬間、
その人は極端に騙されやすい状態になってしまっている。

だまされないこと。
ガーゼのイメージと、知性というものの本当の意味と、が、つながって
STさんのことを思い出すたびに
ふわっといい感触があるのだった。

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